西尾城は、鎌倉時代前期に三河守護の足利氏が築城した西条城が起源とされ(異説あり)、戦国時代の城主の変遷に伴い規模が拡大、1585年に徳川家康の命により近世城郭に改築されました。さらに江戸時代初期の1638(寛永15)年には城下町を土塁と堀で囲む「総構え」の工事が行われています。
江戸時代は西尾藩二万石(後に六万石)の居城となり譜代大名が代々の城主となっていましたが、明治維新を経て1872(明治5)年に城内の建築物は全て取り壊されてしまいます。それから時を経て、城跡は1996(平成8)年に西尾市歴史公園として整備され本丸丑寅櫓(上写真)と鍮石門が再建されました。
なお西尾城は天守閣が二の丸にあった事で有名ですが、現在の二の丸跡地は体育館や幼稚園が建っていて遺構が殆ど残っていません。
(写真&解説:Kircheis様 禁転載)