2009年8月22日・23日 甘木鉄道と熊本電鉄を訪ねて

○8月22日(土)


 お前はどれだけ旅行に行けば気が済むんだ?と呆れられる方も多いことは重々承知した上で、今日と明日はkajiboohさんと鉄の鳥さんに迎えられて福岡県・熊本県を観光中。超絶に中身の濃い内容ですが、その一部分についてホテルから少し更新させていただきます。
 上写真は旧志免鉱業所竪坑櫓(きゅうしめこうぎょうしょたてこうやぐら)。1943(昭和18)年に建てられたもので、奥深い場所のために石炭を掘る人と産出した石炭を運ぶための、巨大エレベーターのようなもの。高さはなんと47.65mもあります。戦前は海軍の、戦後は国鉄の蒸気機関車のために石炭を産出していた炭鉱でしたが、1964(昭和39)年に閉山となり、これも役目を終えました。
 それから月日が流れ、未だに残っているのは奇跡。現在は国の登録有形文化財に指定され、高台にあるこの高層建築を真新しい住宅街から見る風景というのは不思議な感覚です。

 こちらは筑前町にある焼ノ峠古墳という前方後方墳。全長40mを超え、高台から筑紫平野を一望できます。築造者の意図がよく解る古墳で、周囲の環境もあいまって築造当時の雰囲気を味わうことが出来ます。

 さらに朝倉市秋月の城下町を見学。これについては見るべきものが非常に多かったので、また別に掲載します。

 甘木駅では近くのファミリーレストランで食事をしながら、車庫に停まっている車両を撮影。

 鉄の鳥さんは飛行機のみならず歴史にも超絶に詳しい方で、さらに八女市にある八女古墳群の1つ、岩戸山古墳をご紹介いただきます。これは歴史の教科書にも出てくる、朝鮮半島に出兵しようとする大和朝廷と戦って敗北した、九州北部の大豪族である磐井(いわい)の墓ではないかと有力視されているものです。

 八女市といえば八女福島の古い町並み。こちらもしっかりと堪能させていただきました。

 そして本日は最後に、旧国鉄佐賀線の名残である筑後川昇開橋を見学。ライトアップされた夜の姿が美しい!! 産業遺産の美を感じさせてくれる素晴らしい文化財です。さてさて、明日はどうなることやら・・・。


○8月23日(日)


 さて、熊本駅前の東横インに宿泊した所長ご一行。たまたま宿泊した部屋が高層階だった所長の部屋からは、熊本駅に入線する列車たちが良く見えます。で・・・、朝起きてしばらくボーっとしていると、キハ40系観光列車「いさぶろう・しんぺい」が熊本駅にやって来ているではありませんか。肥薩線の人吉駅〜吉松駅を運行する列車ですが、夜間は熊本車両センターで過ごしているため、このように早朝の熊本駅まで回送されるようです。

 そして3人で合流して熊本駅に行こう・・・としますが、素直に入れるはずがありません。熊本市交通局9700形のトップナンバー編成がやってきたので撮影。日本で最初に登場した記念すべきLRV(超低床車両)。他の編成と塗装などが異なっています。

 8800形101号(レトロ調車両)。

 そして熊本駅に入り、早速目に入ってきた鳥栖行きの817系を撮影。

 0B番線という不思議な名前のホームに停車中の豊肥本線のキハ200系。

 そして肥薩線へ向かうキハ185系特急「くまがわ」。先頭のキハ185形は、未だに「YUFU ASO」の旧列車名のロゴを塗りつぶしたままで、別のロゴを入れようとしないのはちょいと勿体無い。

 こちらは同じくキハ185系特急「九州横断特急」。別府駅に向かいます。

 で・・・目当ての列車が485系特急「有明」のリバイバル運転。未だに目の部分(?)が無い中途半端な国鉄色リバイバル編成ではありますが、それでも有明のトレインマークをつけた姿は素晴らしい。小田急3000形様からも投稿を頂いておりますので、後ほど企画特集にて掲載します。

 それからSL人吉号が、DE10形ディーゼル機関車に牽引されて、とりあえず熊本駅に回送。

 殆ど誰にも注目されないまま、写真は撮り放題(笑)。

 こちらは787系特急「有明」。赤い部分に、以前は「ありあけ」と入っていましたが、最近は塗りつぶされています。

 三角線のキハ40形と鹿児島本線の415系揃い踏み。

 そして豊肥本線0A番線に入線してきたSL人吉を撮影。う〜む、50系客車も相当改造されてますね・・・。

 人人人人人人人人人人人人!! 何とまあ!!

 朝の熊本駅は色々やってくるので忙しい。SL人吉が発車する前に、787系特急「リレーつばめ」を撮影したり。

 全く予想していなかった、肥薩おれんじ鉄道を撮影したり(何と驚きのローソン塗装!)

 かと思いきや出発前のSL人吉を撮影してみたり。

 はたまたキハ58系観光列車「あそ1962」の回送列車を撮影したり・・・。

 そして、私には珍しい縦長の写真を撮らせるほど立派な排煙、さらに物凄い大きな音での汽笛に感動を与えてくれ、SL人吉号は出発していきます。やはりSLは走っている姿が素晴らしいですね・・・。

 ・・・と、それで休んでいる間もなく、787系特急「リレーつばめ」と回送されるキハ58系「あそ1962」の並びを撮影。

 そして、やはり0A番線に入線。

 かなり手が込んでいるロゴマーク。

 鉄分を過量とも言えるほど摂取しましたが、駅前に出ると熊本市交通局の最新型、0800形が!! 

 新旧車両の並び。いや〜、もう本日は朝から大収穫ですね。

 こちらは8500形。

 では・・・続いてこちらへ攻め込みます。

 熊本駅にやってくる鉄道を心行くまで堪能した所長一行は、引き続き熊本城へ。なんと先週、家族旅行で熊本城を訪問したというkajiboohさんには悪いと思いつつも、復元された本丸御殿は是非見ておきたかったので・・・。というわけで、三の丸側より入城。鉄の鳥さんも、ここから入るのは初めてのこと。

 熊本城は本丸御殿に限らず、近年の徹底した復元により撮影ポイントが飛躍的に増加しております。鉄の鳥さん共々、撮影には気合が入ります。何より、石垣の美しさと、櫓の白と黒のコントラストが素晴らしい。

 城の美しさを引き立てるのは櫓だけではありません。このように塀も城の表情をグッと引き締めてくれます。

 二様の石垣と呼ばれる、加藤清正らの時代と細川家の時代の異なった様式の石垣を堪能できるポイント。本丸御殿の復元により、少し今までと景観が異なっています。

 本丸御殿の見所についてはノーチェックだったため、私の度肝を抜いたのが、こちらの「闇り通路」。なんと熊本城の本丸御殿は、2つの石垣の上に建てられているため、このように地下通路が存在しているわけで、全国的には例が殆どありません。kajiboohさん、イチオシのポイントです。

 本丸御殿最大の見所は、こちらの煌びやかな「若松之間」と続く「昭君之間(しょうくんのま)」。これは凄い!!

 そして定番の天守閣を外観のみ見学し・・・。

 続いて城の北にある、旧熊本地方裁判所本館(明治41年築)の外観を見て・・・。

 熊本市電の電停上屋として移築された、旧JR上熊本駅(大正2年築)を見ます。

 移築による保存は嬉しいですが、内部はこの通り・・・。駅舎だった頃の面影はありません。

 一方で現在のJR上熊本駅はこんな感じ。う〜ん・・・。
 さて、右に見えます熊本電鉄の上熊本駅。以前にkajiboohさんが来られたときは、運良く青ガエルこと、(もと)東急5000系の5101A号に出会えたよと思い出話があり、私も何とか見てみたいなと思ったその瞬間!

 殆ど間髪入れず、本当にやってきました。まずは恐るべき偶然に非常に驚き、続いて「渋谷駅に保存されている車両よりも車体が長いなあ(当たり前ですが)」とか、「乗りたいなあ。でも今回は車で来ているから無理だなあ」と考えているうち
「北熊本駅まで車で迎えに行ってあげるから、所長は青ガエルに乗っていったら?」
 というkajiboohさんの素晴らしい提案が。あまりの喜びに動転し、目が点になりました。・・・と、
「鉄道に乗るのは好きだ」
 と鉄の鳥さんも同調し、2人で乗車して北熊本駅へ向かいます。

 車内の様子。写真で撮影すると非常に綺麗に見えますが、カーテンの色などを見て解るとおり、なんだか博物館の保存車両が動いている感じ。それがまた素晴らしすぎます。

 側面ドアの様子。何とも窓が小さい!!

 10分程度で北熊本駅に到着。残り1両の5000系は車庫にて待機中(予備車のような感じでした)。

 この北熊本駅は熊本電鉄の車庫があるため、車両たちを色々と堪能できるほか、駅自体もレトロな雰囲気(それも別に観光用にリニューアルされたわけでもなく、ただ古いだけ)であり、非常に趣があります。

 ここからは熊本電鉄さんには申し訳ありませんが、車にて終点の御代志(みよし)駅まで行ってみます。基本的には線路に沿って走行するのが最短ルートでした。

 そして終点の御代志駅。終着駅として立派な・・・と思いきや、何と驚きの「元祖・鉄道&バス同一ホーム乗り換え」状態でした。どうやら、元々は1面2線のホームだったようですが・・・。ちなみに、1986(昭和61)年までは、熊本電鉄はまだこの先、菊池駅まで営業していました。残る区間には何とか頑張って欲しいようで、熊本電鉄はLRT化と軌道新設により熊本市電に乗り入れる構想を打ち出していますが、それに対する熊本市による「有識者会議」(都心結節計画検討委員会)の答えはバス転換(しかも線路をバス専用道に転換するとかで、わざわざ莫大な投資が必要になる提案)。
 結局は熊本電鉄はもちろん、市内のバス会社の経営も火の車状態。バス専用道の整備どころではない、ということで計画は凍結。何と言うバカな会議に熊本市は税金を投入したものです。有識者どもに払った謝礼で、多少なりとも駅を綺麗にできたでしょうに。

 そして福岡空港に向けて車は出発。が・・・、行き当たりばったり状態で、目に入ってきた田原坂(たばるざか)の文字に寄り道を決定。こちらの田原坂公園、1877(明治10)年に発生した西郷隆盛VS明治政府軍による西南戦争の激戦地です。

 んで、ここからはJR鹿児島本線が良く見えます。kajiboohさんが以前にここを来たときには、787系特急「リレーつばめ」を撮影したそうで・・・あらら、そしたら同じ列車がやってきました。またまた素敵な偶然です。
 ・・・そして、のん気に撮影していますが、この場所も西南戦争時は多くの兵士たちが死闘を繰り広げていた場所。
 南無阿弥陀仏・・・。

 田原坂の一の坂。今でこそ随所に道が整備されていますが、当時のメインロードはここ。険しい坂ですが、薩軍、官軍共にこの狭い坂を突破できるか否かが勝利の鍵。激しい戦いが展開されたこと、想像に難くありません。

 そして福岡市に戻り、福岡空港近くの板付遺跡へ。縄文時代晩期から弥生時代後期の遺跡で、低台地上の環濠集落と水田跡の発見は考古学にとって重要な遺跡。私もようやく見ることが出来、感慨深いです(ただし、集落の方は既に門が閉まっており見ることが出来ませんでした)。

 最後に福岡空港を見学。と言っても、展望デッキではなく、kajiboohさんの撮影ポイントを空港の敷地外にて教えていただきました。電線が少し邪魔ではありますが、けっこう撮影が容易なポイントで素敵。う〜ん、飛行機も面白いなあ・・・。
 というわけで2日にわたって、弥生時代から現代まで九州北部の歴史をたどりながら、鉄分(笑)を多量に摂取するというマニアックすぎる旅行となり、もう大興奮の連続でした。kajiboohさん、鉄の鳥さん、どうも有り難うございました。次回は10月に岩国のアレでお会いしましょう〜。

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