2010年3月26日 日本橋界隈を歩く

○3月26日(金)


 本日は仕事が休みのため、馬藤所員とお出かけ。東京メトロ三越前駅で下車し、三越地下1階の出入り口前に行くと、こんな展示がありました。


 こちらは、熙代勝覧(きだいしょうらん)という作品で(原品はベルリン国立アジア美術館蔵)、1805(文化2)年頃、すなわち将軍で言えば徳川家斉の時代の作品で、日本橋から神田・今川橋までの大通りと、そこを行き交う人々を表情豊かに描いています。上は日本橋の風景ですね。


 こちらは三井越後屋の様子。現在、三越百貨店と、三井本館が向かい合っている部分です。


 この作品の素晴らしいところは、とにかく細部にこだわって描いているところ。特定の部分をアップしても、この緻密さにして、さらにコミカル。真ん中で酒を持っている人物は、なんと道の往来で居酒屋家業を営んでいるとか。


 三井越後屋前の小さな建物は、番小屋。もしくは商番屋と言いまして、町内警備をする人の住まい。番人は町単位で雇用していたそうですが、低賃金だったため、アルバイトとして日用雑貨を売ることが許されていました。果たして、それで警備の役割を果たせていたのでしょうか・・・。のどかな時代だったんですね。


 日本橋の近くでは、魚を運んだり売ったりする人が所狭しと描かれています。今でこそ魚市場と言えば築地ですが、徳川家康が江戸に入府してから関東大震災に至るまで、魚市場は日本橋にあり続けていました。それにしても、道のド真ん中で堂々と商売しちゃうのですね。


 そんな光景が展開されていたのが、この周辺。今やオフィスビル、商業ビルが建ち並び自動車が行き交っています。それでも、越後屋の流れを汲む三越など三井グループは未だ健在ですし、他にも先ほどの絵に描かれた商家も、未だに現役の店がいくつかあるそうです。


 さて我々2人の今回の目的は、写真真ん中の三井本館5階にある国立科学博物館・産業技術史資料情報センターで開催中の「重要科学技術史資料登録展」を見に行くこと。


 三井本館の上層部にも行くことができて、ちょっとワクワク・・・でしたが、肝心の展示は、重要科学技術史資料に何を登録したかパネルでいくつか紹介しただけ。もちろん、この制度自体は非常に素晴らしいものですが、展示内容はホームページで全く同じものを掲載すれば十分なレベルで、これにはガッカリでした。


 折角なので「にほんばし島根館」で出雲そばなどを購入。そう言えば大黒屋さん、一昨年に一緒に松江で食べた甘露醤油が売っていました。私が知っている甘露醤油は山口県柳井市だけでしたが、どうやら松江市でも特産品の1つのようですね。


 そして日本銀行を通って・・・。


 常盤橋と常盤門跡を撮影。


 そして引き続き馬藤所員と神田の神保町にある古書街で、古本を色々購入。たまたま古書祭り的なものが開催されており、掘り出し物も多数でした。さらに、水道橋方向へ歩いていくと近代建築を発見。こちら、財団法人研数学館の建物。研数学館は戦前から続く予備校でしたが(大学化への道は選ばなかったそうです)、2000(平成12)年に廃校。現在は財団法人として理数系のセミナー開催などの活動しています。

 さて写真の本館は1929(昭和4)年の建築。綺麗になっている部分は別館で、現在は居酒屋「和民」として使用されています。


 さて、本日購入したのがこちら。定価では1万1000円(+税)もする「日本20世紀館」が2500円(税込)だったので即決で購入。20世紀というタイトルですが、幕末から詳細な解説が入っているので、これは非常に歴史の研究に役立ちそうです。

 そして写真中央は、昭和25年4月号、昭和12年11月特別号、昭和13年9月特別号の文芸春秋。1冊400円で売っていたので、当時の論調が見たくて購入。・・・戦前の文言春秋、何故か胃腸薬や頭痛薬などの宣伝が多いのは、何か世相を反映しているのでしょうか。

 そして下の2冊は資治通鑑(しじつがん)。中国北宋の司馬光が編纂した中国の歴史書で、1084年に成立しました。今回購入した本が、いつ出版されたものかは不明ですが、なにやら古そうな雰囲気。


 さあ開いてみましょう。・・・スミマセン、全然読めません。どうやら三国志の時代が終わった後、晋の時代の物語のようですね。丹念に読み進めていけば、解るところもあるかもしれません。
 

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