2011年6月5日 東武&会津鉄道で大内宿・会津旅行


まずは7時10分の浅草駅発の快速に乗車。使用する切符は、ゆったり会津東武フリーパス 喜多方。6990円で下今市駅から喜多方が乗り降り自由です。

途中、スペーシア塗装の事業用車両とすれ違い。

あっと言う間に下今市駅へ到着。6050系が3本並んでおります。

ここで下車し、東武100系による特急けごんを撮影します。

雰囲気の良い駅舎を撮影し・・・。

昨日、運転を開始したばかりの253系1000番台による特急日光を撮影。近くで見ると格好良いじゃないですか。

続いて後続の普通列車で鬼怒川温泉駅へ。途中駅で、東武鉄道100系「きぬ」と行き違い。「上を向いてがんばろう日本」ステッカーが貼られています。

鬼怒川温泉駅で、で会津鉄道の快速AIZUマウントエクスプレスに乗車すべく乗り換え。

・・・赤い!JR九州並みの赤い車両ですね。

鬼怒川温泉駅を出た時点では1両での運転であり、立客多数の満員御礼状態。ようやく空席が出始めたところ、会津田島駅で1両増結となりました。う〜ん、今更という感じですが・・・。

ちなみに外観は新潟トランシス製でお馴染みのNDCの顔つきですが、車内に入ると特急と変わらぬ豪華な座席に木目調の内装。

さて、会津田島駅は会津鉄道の車両基地を併設しているため、検査中のAT−400形や・・・。

AT−550形などを撮影。このほか、引退したキハ8500系を狙おうとしまいますが、ホームからは撮影できる場所にはいませんでした。

そしてAIZUマウントエクスプレスは、野岩鉄道内でのハイスピードから少し速度を落とし、のどかな風景を走っていきます。

そして会津田島駅でキハ8500系が撮影できなかった代わりに、会津下郷駅にいるキハ8500系を狙おうとしますが、こちらは売却先が見つかったそうで、すでに居ませんでした。

車内では、以前に所員からもらって個人的に大ヒットだった、「ばすクッキー」を購入。会津地鶏卵と会津産えごまを使用しており、ややしっとりとした、ほのかな甘さが見事な味と食感を出しているのです。

会津下郷駅で下車する予定が消えたため、当初予定には無かった湯ノ上温泉駅で下車。ご覧の通り、茅葺き屋根を持つ、全国的にも極めて珍しい駅舎です。

そして後続の普通列車までの1時間の間に、なんとタクシーで大内宿へ。片道10分、運賃2000円程度なので、人数が多ければ意外とリーズナブル。

親切なタクシーの運転手さんに、大内宿の解説までしていただいて、ポスターで良く使われる高台からの風景へ連れていってもらいます。これはすごい!

どの民家も基本的に300年前、400年前からずっと使われているそうで、火災に遭うこともなく、そして明治以降、主要道路がここを通らず、開発から完全に取り残されてしまったことから、集落がそのまま昔の姿で残っています。

今でこそ各民家とも土産物屋や民宿などで生計を立てていますが、このように注目されるまでは交通の便は非常に悪く、産業といっても・・・という感じで、この景観を維持するのは大変だったそうです。

一時は震災や原発の影響で閑古鳥が鳴いていたそうですが、なんとか客足は戻りつつあるようです。それにしても綺麗な景観ですこと。

さすがに土産物屋、そば屋ばかりで観光地然としていますけど、そもそもかつての宿場町は、地域の中でも賑っていた繁華街ですから、個人的には決して悪い風景とは思いません。

そして時間がないのを承知で、復元された本陣を大急ぎで見学。

囲炉裏の様子。

街並み。

名産である蕎麦を食べるという魅力に後ろ髪を引かれつつ・・・。

先ほどのタクシーで湯ノ上温泉駅に戻りました。ネギを使って食べるという蕎麦、頂きたかったなあ。

さて、今度は普通列車で芦ノ牧温泉駅へ行きます。

ここには元キハ30形を改造したトロッコ車両、AT−300形が保存されています。週末は休憩所として使われているそうですが、本日は有志による東北の鉄道支援を目的とした写真展示会が開催されていました。

車内はこの通り。そして、展示されている写真のほとんどが風景と鉄道車両を絶妙に絡めたものばかりで、本当に素晴らしい力作ばかり。なかなか自分が挑戦してみると、上手くいかないものなのですが・・・。

またこうした体外的な活動を皆さんされているのには頭が下がります。私なんて、たまに出版社等に写真は提供しているものの、基本的にネットで写真を載せて終わりですからね。

駅周辺の風景がまたのどかで素晴らしい。同じ福島でも少し離れた地域では、このような風景の場所が原発からの放射線と戦っているかと思うと本当にやり切れません。

入口部分が白く塗られているのが明るくて良いような、いやいや塗られていないほうが古い木造駅舎らしくて雰囲気が良いような、という感じの芦ノ牧温泉駅の駅舎。

それから忘れてはいけないのが、ネコ駅長の「ばす」。ぐっすりお休みされていまして、ご尊顔をハッキリと撮影することはできませんでした。

さて、ここから会津若松まではトロッコ列車に乗って移動します。

普段はAT−400形を加えた3両編成ですが、本日は2両で運転。このため、あまり顔を見せることのない、トロッコ車両(AT−350形)の顔を撮影することができました。ちなみにこのAT−350形は片運転台のため、AT−100形の連結位置も普段と逆方向なのだとか。

ちなみにこのトロッコ列車、芦ノ牧温泉駅でAIZUマウントエクスプレスと交換します。

AT−350形の車内。風が入ってくるので気持ちが良いですね。ご覧の通り乗車率が悲惨だったのが、なんともやりきれないですが・・・。

こちらはAT−100形の車内。食事をしながら乗るのであれば、こちらも捨てがたい雰囲気。ラマダン決行中の我々3人組には何の関係もありませんでしたが。

そして列車は、終点の会津若松駅に到着します。なぜか跨線橋の上からAT−350形を撮影しておきながら、ホーム反対側から車両の写真を撮影していなかったという・・・。多少悔やまれます。

AT−100形はこんな感じで撮影していました。会津鉄道開業時から活躍している車両で、1987(昭和62)年に登場。この車両以外の同型車はすべて引退しており、このAT−103号がラスト1両です。

さて、ここでの目的は国鉄色に塗り替えられたばかりの485系快速「あいづライナー」。

ピカピカに塗られた状態であり、これは非常に美しい。

欲を言えばトレインマークは、往年の「あいづ」を・・・と思わないでもありませんが、この国鉄色+あかべぇ「あいづ」マークの組み合わせは初登場。JR各社から485系が絶滅寸前となる中で、また新しい姿が撮影できたことは大満足です。

・・・485系にうっとりしておりましたら、SLばんえつ物語号の入れ換えが満足な幹事で撮影できませんでした。まあ、また撮影に行くとしましょう。

そして1時間ちょいの滞在時間の中、またまた観光を強行。まずは会津若松城(鶴ヶ城)へ。4年ぶりの会津若松城の天守閣は瓦が葺き変えられ、会津地方伝統の色合いに変わっていました。

今回はさらに、本丸の中にある麟閣という茶室も見学。千利休の子・少庵が建てたと言われる茶室です戊辰戦争後、城下に移築され保存されていましたが、1990(平成2)年に元の場所である会津若松城内へ移築復元されました。

福島県指定の重要文化財で、非常に趣のある茶室のはず・・・なのですが、大内宿を見てからだと、感動があまり・・・。

さて、滞在もそこそこに会津若松城から出陣します。

堀と石垣も見事なものです。

西若松駅から会津鉄道の列車に乗ればいいものを、近代建築見たさに少々遠回りとなる七日町駅方面へ。途中の通りは、魅力的な近代建築が山ほどあるんです。こちらは1936(昭和11)年築の旧黒河内医院。

1978(明治11)年築の遠藤米穀店。

こちらは1914(大正3)年築の白木屋漆器店。

1937(昭和12)年築の滝谷建設。これって元々銀行だよね?と思って調べてみたら、やはり旧第四銀行会津支店が前身でした。

さて七日町駅までが当初予想していたよりも意外と遠く、列車入線の10分弱前に到着する有様。もう少しで3月の九州旅行での熊本の二の舞になるところでした。

ただ、ここまでおやつを少々食べた意外は絶食状態でしたので、せめてパンでも買おうと、とある店に入ったものの、レジで若い女性の店員さんがフリーズしてしまい、我々の前のお客さんのレジ打ちが全く進みません。

結局、何も食べられないまま、浅草に向けて会津を旅立ちます。あちゃ・・・。

さて、AIZU尾瀬エクスプレスで鬼怒川温泉駅を一気に目指します。途中の会津田島駅では、先ほど撮影できなかったキハ8500系を運転台横に立って撮影。

会津荒海駅にて。

ここで行き違いするAIZUマウントエクスプレスを撮影します。

さらに列車は野岩鉄道線内に入り、トンネル内にある湯西川温泉駅のホームを撮影。ちなみに湯西川温泉まではバスで30分だとか。う〜む、遠い・・・。

そして川治温泉駅のホームで、霧がかかる幻想的な周辺の風景を撮影し・・・。

行き違いする東武6050系を撮影。

鬼怒川温泉駅からは、東武鉄道100系による特急きぬに初乗車。本日は満席とのことで、観光需要も復活の兆しが出てきたようですね。良かった良かった・・・。

突発的な旅行になりましたが、かなり無理矢理ながらも長年行きたかった大内宿も見ることが出来て大満足。

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