2016年2月13日 津久井城と日野宿本陣、都内の近代建築を巡る


この日は恒例のMr.SとMr.Kを連れての歴史探訪ツアー。まずは、神奈川県相模原市緑区の県立津久井湖城山公園へ行きます。津久井城という戦国時代の山城なのですが、公園というネーミングに油断していました。本格的な山城ですね。






戦国時代はこのような雰囲気だったそうです。当然、ダム湖である津久井湖も存在せず・・・。では、次の場所へ向かいます。

津久井城の散策を終え、橋本駅前で食事をした後に向かったのが東京都日野市にある日野宿本陣。私にとっては地元ですが、残る2名が未訪問とのことで、ご紹介することに。
さて、日野宿本陣は甲州街道日野宿で名主を務めていた下佐藤家の当主、佐藤彦五郎俊正の住宅(本陣を兼ねる)として、1863(文久3)年に上棟し、翌年から住み始めたものです。
後に新選組を結成する近藤勇や土方歳三らも京都に旅立つ前、この建物の完成間近な頃によく出入りしていた他、京都から戻り、甲府へ転戦する途中で休息をとったと云われています。

建物は日野市の管理によって一般公開されており、幕末期の本陣建築を堪能できるとあって非常に見応えがあります。
ちなみに、日野市では市指定有形文化財「日野宿本陣」としていますが、東京都では2010(平成22)年に東京都指定史跡「日野宿脇本陣」として指定しており、この建物を本陣とみるか、脇本陣とみるか見解の相違があるようです。

元々は上佐藤家が本陣、下佐藤家が脇本陣と称していたそうなのですが、幕末になって下佐藤家も本陣を称したそうで・・・。当時は上佐藤家と下佐藤家の敷地には垣根がなく自由に行き来出てきたそうなので、勢力争いというより本陣を2つにすることで、上佐藤家の負担を減らしたのでしょうかね。

向かい側の日野図書館は、建物としては何の変哲もない(老朽化した)公共建築だったのですが、NHK大河ドラマ「新選組!」の頃に修景。ここは、日野宿の高札場や問屋場の跡だそうです。

また日野駅前郵便局の隣には、2010年に東京都選定歴史的建造物となった渡辺家の店蔵があります。1930(昭和5)年に大谷石張りで建てられたもので、白いバルコニーが特徴です。この他にも周辺では土蔵造りの蔵が幾つも残っています。

続きまして、JR中央線の武蔵境駅前で下車。日野から大学に通っていた時、車窓から長らく気になっていた建物。現在は日本獣医生命科学大学の校舎として使われていますが、何と元々は1909(明治42)年に建てられた旧麻布区区役所を、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの移築設計によって、1937(昭和12)年にこの地へ移築したもの。
・・・ということを最近買った近代建築の本で知りまして(その後、ネットで検索しても同様の情報が出てきたわけですけど)、この機会に外観だけでも撮影させていただきました。

ちなみに今度は現代建築ですが、武蔵境駅前には2011(平成23)年に竣工した武蔵野プレイスという図書館を核とした公共施設があります。


内部はこだわりの空間構成で、カフェも備えており、様々な人が集いやすい場所。日本建築学会賞を受賞しているそうです。元々は農水省食糧倉庫跡地として、長年塩漬けになっていた土地だったようで、土地の購入問題やら跡地利用をどうするかの議論など、紆余曲折があったようですが、この日見た限りでは非常に盛況で有効な活用になったのではないでしょうか。


 最後に荻窪駅周辺の近代建築を散策します。まず、荻窪駅南口を降りて東へ歩いて行くと、高層ビルの前に、明治天皇荻窪御小休所の石碑とともに立派な長屋門が保存されていました。 現地には何の解説もなかったのですが、ネットで検索すると「東京の歴史名所を歩く地図」(編:ロム・インターナショナル/出版:河出書房新社)による記載として、旧下荻窪の名主である中川家の建物だったとか。
 江戸時代に第11代将軍の徳川家斉が鷹狩を行った際の休憩所として使用するにあたって、農家の建物ではふさわしくないので、武家屋敷風の長屋門を造ったそうな。
 明治天皇は明治16年に埼玉県飯能の近衛師団の演習の統監される際に立ち寄って以降、小金井に花見へ行く際に毎年立ち寄っているとのこと。当時の建物は、この長屋門の奥にあるようで、そちらは見落としてしまいました。全国各地によくある、明治天皇が行幸中にお座りになった・・・程度の場所ではなかったんですね。


その近くにあるのが、西郊ロッヂング。1938(昭和13)年に建てられた高級下宿洋館。2001(平成13)年に改修されて現在は賃貸住宅になっています。

 西郊ロッヂングは新館で、これと接続しているのが本館である旅館「西郊」。1931(昭和6)年築で、昭和レトロな旅館として紹介されることもあり、一度宿泊してみたいものです。
 どちらも国の登録有形文化財に指定されています。

続いて杉並区立 大田黒公園へ。音楽評論家の大田黒元雄氏の屋敷跡を整備したもので、1933(昭和8)年に建てられた大田黒元雄氏の仕事場(洋館)が保存されています。


 まだ行きます。今度は、3度にわたり首相を務めた近衛文麿邸「荻外荘」。建物は1927(昭和2)年に伊東忠太が設計したもので、1937(昭和12)年に近衛文麿が購入。
 ここで政府や軍の要人と様々な会談が開かれ、特に1940(昭和15)年には東条英機や吉田善吾、松岡洋右らと国策の方針について論じた荻窪会談として知られています。
 2012(平成24)年に近衛文麿の次男である近衛通隆さんが亡くなり、マンション開発計画が浮上したことから、地域住民から保全を求める声が起こり、杉並区が用地を取得。2015(平成27)年3月14日からは、南側敷地の一部が公園として一般公開されています。

こちらは正面玄関。建物は耐震補強工事がまだ完了していないため公開されていません。また、応接間など約半分が、天理教東京教務支庁(豊島区)に移築されているため、再取得を交渉しているそうです。全面オープンする日が待ち遠しいですね。

最後に、これも公開時間を過ぎていましたが杉並区立角川公園へ。角川書店の創業者である角川源義宅を整備し、2009(平成21)年5月から公開しているものです。建物は1955(昭和30)年に建てられたもので、国の登録有形文化財に指定されています。

最後に西郊ロッヂングの夜景を撮影して、この日の行程を終了。荻窪駅周辺は以前から気になっていましたが、建築的に色々見どころがありますね〜。

↑ PAGE TOP