2017年2月26日 加曽利貝塚を散策する



この日は職場の同僚であるMr.SとMr.Kと恒例の歴史散策。今回は千葉市にある加曽利貝塚をメインターゲットとします。まずは、総武線経由で千葉都市モノレールの都賀駅に乗り換え。


折角なので終点の千城台駅へ。


折り返して小倉台駅まで行き、徒歩で加曽利貝塚へ向かいます。


加曽利貝塚は、縄文時代中期〜後期にかけて形成された日本最大級の貝塚。縄文時代中期の北貝塚(直径約140mで、ドーナツ状)と、縄文時代後期の南貝塚(直径約190mで、?の蹄【ひづめ】の形)が連結し、8の字状になっている特異な形状です。関東地?の縄??化編年上の標準遺跡ともなっています。

今も地表に貝が沢山露出している状態。まあ、流石にこれを盗んでいく?もいないでしょうから、特に保護されておらず、多くの人に踏みつぶされている状態です。とは言え、当時の人が生きた証をこれだけ身近に感じられるのは凄い。



住居も少しですが復元されています。老朽化が早いようで、壊れては建て替えの繰り返し・・・。



また、全く関係ありませんが、千葉市幕張にあった江戸時代の屋敷である旧大須賀家住宅が移築されています。幕張は当時、天領に属しており、北町奉行配下の代官屋敷として寛保?寛延年間(1741〜50年)に建築されたと考えられています。


続いて訪問したのが、千葉刑務所。決して私が収監されるわけではありません。ご覧のとおりの煉瓦造りの建物で、ジャズピアニストの山下洋輔の祖父、山下啓次郎が設計した1907(明治40)年の建築。かつては千葉監獄と称していました。
先般、奇跡的に奈良監獄(奈良少年刑務所)が国の重要文化財に指定の上、ホテルとして再?されることになりましたが、山下啓次郎が設計した他の監獄は、金沢監獄が正?門中央看守所、舎房の一部のみ明治村へ移築現存された程度。長崎、鹿児島は正門以外全て解体という有様で、なんとか千葉はこのまま存続
してもらいたいものです。やはり、刑務所だとイメージが悪いのか、なかなか保存という動きが起きにくいのでしょうね。


今度はバスで千葉駅前に戻り、3月20日に閉店する三越千葉店を記念に撮影。



続いて、両国駅へ行くと階段に?事なひな人形が。「かつうらビッグひなまつり」のPRも兼ねているようです。今年は、B.B.BASEが階段上のホームから発着しますが、どうなるでしょうか。


最後に、またも江戸東京博物館へ。北京と江戸を比較するという、若干無理がありそうな展示ですが・・・。






大半の資料は撮影禁止なのでご紹介できませんが、北京に関する昔の資料が見られることは中々なく、非常に見応えのある展示でした。

↑ PAGE TOP