2019年5月19日 すみだ北斎美術館&江戸深川資料館と周辺を行く


まずは東京駅にてE7系「とき」の撮影からスタート。期間限定のピンク色のラインが入った編成を期待していましたが、ノーマルなE7系でした。

こちらが愛称・行先表示



続いて、E5系「はやぶさ」とE7系「かがやき」を撮影し、東京駅を後にします。

 さて、本日メインのイベントは職場の同僚であるMr.Kと一緒に、墨田区と江東区へ恒例の歴史散歩。すみだ北斎美術館→松平定信の墓→江戸深川資料館→清澄庭園→江東区中川船番所資料館→旧小松川閘門→荒川ロックゲートと散策。
 まずこちらが、すみだ北斎美術館。2016(平成28)年11月22日に開館した葛飾北斎をテーマにした墨田区立の美術館。1760(宝暦10)年に本所割下水(ほんじょわりげすい)付近で生まれた葛飾北斎は、生涯にわたり住居を転々としましたが、大半を墨田区で過ごしました。また、美術館がある場所は江戸時代に弘前藩津軽家の上屋敷があった場所です。
 特徴的な建物は、妹島和世の設計によるもの。建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を受賞した女性で、金沢21世紀美術館やルーヴル美術館ランス別館(両方とも西沢立衛と共同)のほか、西武鉄道001系電車「Laview」などの設計を手掛けています。






84歳の時に榛馬場(はんのきばば)に娘の阿栄と一緒に住んでいたころの様子を再現。門人の露木為一が描いた絵に基づいています。


お昼は「ちゃんこ鍋」。う〜ん、美味!

続いて大江戸線で移動し、清澄白河駅で下車。

まずは駅近くの霊巌寺へ。こちらには江戸時代、寛政の改革で有名な老中・松平定信の墓があります。

その隣にあるのが深川江戸資料館。1986(昭和51)年に開館した江東区立の資料館で、かつて深川区役所があった場所に建設されました。江戸時代末(天保年間末期の1840年代頃)の深川佐賀町の町並みを館内にて実物大で再現し、肥料問屋や船宿、長屋などが建ち並び、生活用品に至るまで当時の情景が再現されています



狭っ!家具も全然ありませんね。

二八そばの屋台。再現された屋台は、なんと調理器具やソバ玉を茹でる湯水まで備えていました。屋台と言いつつ、実際には移動しづらかったかも。


 続いて清澄庭園へ。泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」で、江戸時代は敷地の一部が紀伊國屋文左衛門の屋敷であったほか、享保年間(1716〜36)年に関宿藩(現・千葉県野田市)の藩主であった久世大和守の下屋敷となった際に、庭園が整備されたと考えられています。
 1878(明治11)年に三菱財閥創始者である岩崎弥太郎が買い取り、その2年後に三菱社員の慰安や賓客接待の場として庭園を整備し、「深川親睦園」と命名。全国から取り寄せた名石や隅田川の水を引いた大泉水などが造られました。

1923(大正12)年に発生した関東大震災では大きな被害を受けますが、避難場所として活用。これを受けて三菱の3代目社長である岩崎久弥(※弥太郎の息子)は庭園の東半分を当時の東京市へ寄付し、1932(昭和7)年から清澄庭園として公開されています。

さらに都営新宿線の東大島駅で京王9000系を撮影した後、下車。

今度は江東区中川船番所資料館へ向かいます。

 ここは、2003(平成15)年にオープンした江東区立の資料館で、中川番所の実物大ジオラマなどの展示が特徴です。
 中川と小名木川は江戸時代、関東一円と江戸を結ぶ水運の大動脈でした。1661(寛文元)年に小名木川(おなぎがわ)の東端に中川番所が設置され(明暦の大火を受けた都市計画の見直しで、深川の万年橋のほとりにあった深川船改番所を移転)、江戸〜行徳 (ぎょうとく) 間を往来する船を取調べ、幕末まで存続しました。

 江戸からの夜間の出船禁止、女子は必ず証文を持つべきこと、鉄砲などの武器の往来に関することの注意など、まさに箱根関所の水運バージョン。
 中川番所に努めた役人は、「中川番」と呼ばれ、職制上は若年寄の下。なんと3000石から8000石という、高禄の旗本が任命され、3人〜5人が5日交替で勤務していました。もっとも、実際に詰めたのは家臣で、将軍の御成りなど、特別な時以外は詰めなかったようですが。

旧・小松川閘門
1930(昭和5)年築。中川船番所資料館のすぐ近く、大島小松川公園にあり、荒川と中川の両放水路開削により水位調整を図るために設置されたものです。

最後に荒川ロックゲート(閘門)へ。2005(平成17)年築。荒川と旧中川の最大で3.1m異なる水位を調節するために設置されました。

今回は意外とこれまで散策することが少なかったエリアでした。特に江東区中川船番所資料館は旧中川と小名木川が、江戸時代に如何に重要な物流経路で、そのために陸上でいうところの関所を設けたかということがよく解りました。都内は様々な史跡や博物館があり、まだまだ見るべきところがありますね〜。

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