大多喜の古い街並み〜千葉県夷隅郡大多喜町〜
  Otaki Traditional Japanese Town in Otaki Town, Chiba Prefecture

 今回ご紹介するのは、大多喜町の旧大多喜街道沿いに商家が残る古い街並みです。
 この街並みは、安土桃山時代末期の1590(天正18)年、徳川四天王の一人である本多忠勝が10万石で入封し、大多喜城と街を整備したことに始まります。特に、久保、桜台、新丁地区には、江戸時代から変わらぬ雰囲気を残す建物がよく残り、中には国指定重要文化財に指定されたものも。大多喜町では平成12年度から10年計画で街並みの復元整備を進め、大変見所のある風景を取り戻しています。

 まず上写真は夷隅神社の参道の脇にある国登録有形文化財の大屋旅館。1885(明治18)年の建築です。なんと、正岡子規が学生時代に泊まったとか。街道沿いの旅籠の伝統を受け継ぐ施設ですね。
 (撮影&解説:裏辺金好)
 ▼MAP

 ▼アクセス
 いすみ鉄道大多喜駅より徒歩

▼関連サイト
 大多喜町観光紹介

○風景

豊乃鶴酒造
1874(明治7)年の建築で、二階の軒を出桁造としていることなどが特徴。
また城下町らしく、街道を折り曲げて防御機能を高めているのがわかります。


商い資料館
明治時代の建築と推定。所有者の変遷と共に外観が大きく失われていたものを、大多喜町が復元して活用。


商い資料館
ここで展示されているソロバンが面白いものでして、通常は上の段の珠は1つであるところ、これは2個なのです。
いったい何故なのか、は不明とのこと。ただ、観光客の中には東北で上の段が3つのものを見たことがある、だとか。
使用者の使い勝手によって、特注品が作られたのでしょうか。

江沢家住宅
土蔵造りの立派な商家で、「釜谷」の屋号で質屋・金物店を営業していました。

伊勢幸酒店 【国登録有形文化財】
1873(明治6)年築、1921(大正10)年と1970(昭和45)年に改修されたもの。


渡辺家住宅 【国指定重要文化財】
1849(嘉永2年)に建てられました。なお、渡辺家は大多喜藩の軍用金御用達をつとめた家柄です。

いすみ鉄道
お越しの際には、ぜひ「いすみ鉄道」で。国鉄キハ52形も導入され、昭和レトロを味わうことも出来ます。