早稲田大学の近代建築(早稲田キャンパス)〜東京都新宿区〜


○解説

 早稲田大学は、1882(明治15)年に大隈重信が創立した「東京専門学校」が前身で、1892(明治25)年頃から別名として「早稲田学校」と呼ばれるようになり(大隈重信の別邸が、当時の東京府南豊島郡早稲田村にあったことから)、1902(明治35)年に早稲田大学と改称されました。

 その中心的存在である早稲田大学早稲田キャンパスには、現在でも戦前に建てられた校舎等が数多く残っていますので、ご紹介いたしましょう。
(撮影&解説:裏辺金好)

○場所



○風景






総合案内所
旧大隈重信邸の守衛詰所を転用したもので、明治期の建築。


早稲田大学大隈記念講堂 【国指定重要文化財】
1927(昭和2)年築。佐藤功一、佐藤武夫の設計、内藤多仲の構造設計です。(※内藤多仲は、後に東京タワーなどのタワー設計でもお馴染み)
3階建ての大講堂と地下1階の小講堂、7階建ての時計台から成ります。


1号館
1934(昭和9)年築。設計は桐山均一(早稲田大学営繕課)。



2号館(會津八一記念博物館など) 【東京都選定歴史的建造物】
1925(大正14)年築で、設計は今井兼次、桐山均一、内藤多仲。


3号館
原建物は1933(昭和8)年築で、1号館と同じく桐山均一(早稲田大学営繕課)の設計。2014(平成26)年に高層ビル化された際、低層部に外観復元されています。



5号館(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館) 【新宿区指定有形文化財】
1928(昭和3)年築で、今井兼次の設計。通称は「演劇博物館」で、坪内逍遥の古希と「シェークスピヤ全集」の完訳を祝って学界や演劇界の有志たちの協賛で建設されたもの。

地上3階、地下1階建てで、外観は坪内逍遥の希望で、シェークスピア時代の劇場フォーチュン座を模した16世紀後半エリザベス朝時代の様式。また、外部はシェークスピア劇が上演できるよう、正面を舞台、2階の廊下を上舞台、建物両翼を浅敷、前庭を一般席としています。正面のラテン語は、「全世界は劇場なり」の意味。

6号館
1935(昭和10)年築

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