本庄宿と本庄城〜埼玉県本庄市〜



○解説

 本庄宿(ほんじょうしゅく)は、中山道六十九次の日本橋から数えて10番目の宿場町で、深谷宿(埼玉県深谷市)と新町宿(埼玉県高崎市新町)の間に位置し、武蔵国最後の宿場。西に追分があり、中山道と信州姫街道の分岐点となっています。宿場町の設置に先立つ1556(弘治2)年には、古河公方家を迎え撃つために本庄実忠が本庄城を築城しますが、1567(永禄10)年に後北条氏に攻められて落城し服属します。

 1590(天正18)年の豊臣秀吉の小田原征伐によって、北条氏が滅亡すると本庄近朝は自害し、本庄城も落城しました。同年、徳川家康の関東入国により小笠原信嶺が信州松尾城より城主として1万石で移封され、本庄城を再整備。娘婿の小笠原信之(酒井忠次の三男)が初代本庄藩主となりますが、1612(慶長17)年に古河藩へ加増移封されたことに伴い、廃城となります。しかし、この治世で整備した街並みが宿場町の繁栄へと繋がっていきました。
(上写真は旧田村本陣門 【本庄市指定有形文化財】本庄宿の北本陣といわれた、田村本陣の正門。現在は本庄市立本庄歴史民俗資料館の前に移設。)

 2015(平成27)年11月1日〜29日に行われた「NSD(なかせんどう)67総選挙!!」(※東海道と共有の大津宿、東海道と分岐する草津宿を除く)では、奈良井、妻籠につづいて3位を獲得。それだけに昔ながらの町並みもある程度残っていますが、多くは玄関部分が改造されています。修景を行えば、かなり見応えが出ると思うのですが・・・。
(撮影&解説:裏辺金好)

○場所



○風景


本庄城跡
城跡は現在、本庄市役所などの敷地となっており、土塁が僅かに残っている程度です。


旧・本庄警察署(現・本庄市立本庄歴史民俗資料館) 【埼玉県指定文化財】
1883(明治16)年に本庄警察署として建てられた擬洋風建築。1935(昭和10)年まで警察署として使われ、その後は本庄消防団本部、簡易裁判所や公民館、図書館として使われてきました。木造2階建てで、正面2階のアカンサスの葉を彫刻した列柱が印象的。


安養院総門 【本庄市指定有形文化財】
写真1枚目の総門は、天明年間(1781〜89年)頃の建立・・・ですが、随分と新材に取り替えられてませんか?



安養院山門・本堂


旧本庄商業銀行煉瓦倉庫 【国登録有形文化財】
1894(明治27)年築。


旧・本庄郵便局(現・仲町郵便局) 【国登録有形文化財】
1934(昭和9)年築。戦前から今に至るまで一貫して郵便局なのが特筆されますが、2階部分がトタンで覆われ全容が不明なのが残念。




こちらのセトモノ店は、なんと1563(永禄6)年創業とのこと。ちなみに、桶狭間の戦いが永禄3年です。

円心寺山門 【本庄市指定文化財】
円心寺は浄土宗の寺院で、山門は天明年間(1781〜89年)の建立。

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