富士山本宮浅間大社〜静岡県富士宮市〜



○解説

 富士山本宮浅間大社は、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)を主祭神とし、全国に約1300社ある浅間神社の総本社で、世界遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つ。
 その起源は、「富士本宮浅間社記」によると第7代孝霊天皇の御代に発生した富士山の大噴火により、周辺住民が離散し荒廃した状態を憂いた第11代垂仁天皇が、浅間大神を山足の地に祀り山霊を鎮めたこととされています。そして、806(大同元)年に坂上田村麻呂が平城天皇の勅命によって現在地へ壮麗な社殿を造営したといわれています。
 その後、朝廷より篤い尊崇を受け駿河国一宮として繁栄。源頼朝は流鏑馬を奉納し、流鏑馬祭としてとして伝えられるほか、北条義時による社殿の造営、武田信玄や武田勝頼親子による崇敬や社殿の造営を実施。そして、徳川家康が関ヶ原の戦いの戦勝を記念し、現在の社殿を造営しています。
 1871(明治4)年には、「浅間神社」の名称で国幣中社、のちに官幣大社に列せられ、第2次世界大戦後は「富士山本宮浅間神社」と改称。そして、1982(昭和57)年から神社ではなく、大社を名乗るようになっています。
 さて、富士山本宮浅間大社は富士山南麓にある本宮と、富士山頂上にある奥宮の2つから成りますが、ここでは本宮のみご紹介します。
(撮影&解説:裏辺金好)

○場所



○風景






楼門 【静岡県指定文化財】
1604(慶長9)年、徳川家康の寄進によって造営。間口4間、奥行2間半、高さ6間半2階入母屋造です。



拝殿・幣殿・透塀 【静岡県指定文化財】
1604(慶長9)年、徳川家康の寄進によって造営。屋根は檜皮葺、外側・内側は丹塗で、蟇股・虹梁彫刻などに極彩色が見られます。


本殿 【国指定重要文化財】
1604(慶長9)年、徳川家康の寄進によって造営。二重の楼閣造で棟高45尺という、他に類を見ない建築で「浅間造」と称されます。1階は5間4面葺卸の宝殿造、2階は間口3間奥行2間の流れ造。屋根は1階2階ともに桧皮葺です。 1階の屋根は富士山を模していると、ブラタモリで紹介されていました。


湧玉池 【特別天然記念物】
平安時代の歌人、平兼盛(?〜991年)が「つかうべきかずにをとらん浅間なる御手洗川のそこにわく玉」と詠んだことで知られる、東脇門近くにある池で、富士山の湧水による澄んだ美しい水面です。


湧玉池 【特別天然記念物】
ブラタモリで紹介されていましたが、約15年前に、富士山頂に降った雪が富士山の溶岩(水を通しやすい)の間を通り、地底を通過してここまでやってきます。溶岩の下は硬い地層で、水が噴出するこの場所はちょうど溶岩と硬い地層の境目のようです。


湧玉池付近
豊富な湧水を象徴するシーン。水の勢いがある場所もあり、このような景観も見られます。


末端崖(まったんがい)
湧玉池付近では、道路上から溶岩の末端である末端崖が見られます。これもブラタモリで紹介されていましたね。

富士山の裾野
末端崖の近くから北へ向かって緩やかな勾配がありますが、これが富士山の溶岩の最終到達地点、つまり富士山の末端です。


静岡県富士山世界遺産センター
2017(平成29)年12月23日開館。坂茂の設計で、県産材を使った木格子が特徴的で、富士山の形をイメージ。撮影時は建築中ですが、写真手前側には水面が広がり、逆さ富士が映し出されるようになるとか。館内では富士山の自然や文化の紹介ほか、最上階から富士山が眺められます。

 

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