歴史研究所世界史レポート
第13回 十字軍国家・
封建制度と血の集中
担当:海苔

はじめに

 「封建制度」
 土地をなかだちとして、君主と家臣の間に、 主従関係が結ばれる社会・政治のしくみ。
   (旺文社刊 標準国語辞典改訂新版より)

十字軍国家

 第一回十字軍が結果として成功に終わり、 イスラム世界に西方のキリスト教信者の国々、いわゆる「ラテン国家」ができた。すなわち「小アルメニア王国」、「エデッサ伯国」、「アンティオキア王国」、「トリポリ伯国」、「エルサレム王国」がその主な国である。 そしてそれが衰退し、そこをイスラムのザンギーが、ラテン国家の一つエデッサ伯領を、占領したことによって第二回十字軍が召集され、再び小アジア・シリアは戦乱に突入していった。
 
 第一回十字軍は西方キリスト教世界の東方に対する誤解を ビザンティン帝国のアレクシオス帝が利用したことによっておこった。アレクシオス帝の思惑は「小アジアの領土回復」であったわけだが、十字軍はそれにとどまらず、イェルサレム占領が目的だった。その一連の過程においてラテン国家が樹立され、 西方の諸侯の一部は「東方で新しい領土を持つ」という目的を果たした。
 
 イェルサレムに向けてのシリア侵攻を除けば、外交努力の妥協点として小アジアがキリスト教の支配下におかれたのは、なんら問題はないといえる(元々そこはキリスト教信者が多数いたため)。つまり、そこでラテン国家が国家として正常に機能すればイスラムもイェルサレム以外においてはある程度譲歩したのではないかと思われる。
 
 しかし……ラテン国家は衰退し、ザンギー、ヌールウッディーン、果てはサラディンに続く、イスラム勢力による侵攻を許してしまう。
 国家が国家としての力を失ったとき戦争は起こるのである。
 
 それを望む望まないは別として。
 

何故、ラテン国家は衰退したか

 では肝心の本題。
 「何故、ラテン国家は衰退したか」
 
 これには様々な原因があったといえるでしょうが、最大の原因は「封建制度」にあるといえるでしょう。西方から東方へと遠征し、念願の領土を手に入れた者は、 権力の集中によって地盤を固めていった。 その手始めにまず有力貴族間での結婚を勧めていき強力な特権階級を作り上げました。 そしてそれに続き封土併合を認め、土地の集中所領を促しました。
 
 これによって確かに「国内での地盤」は固められただろう。しかし、これがもたらしたものは、国全体にとっては決して有益ではなかったのです。つまり、権力が一箇所に集中すれば、相対的に権力が弱まる個所も出てきます。これには専制によって土地を保持し、収入を得、 それを国の国庫へと送っていた諸侯にとって言えること。権力が弱まれば当然収入は減り、結果として国の経済は衰えます。 経済の衰退はそのまま国の弱体化に直結します。
 
 そして先に上げたイスラム勢力の侵攻へと続いていくのです。
 いわば、「血の集中」が原因とも言えるのです。
 

血の集中

 さて、「血の集中」という言葉で私が連想するものがあります。それは「サラブレッド」つまり競走馬です。
 
 サラブレッド、Thoroughbredとは、
 「完全に」という意味のthoroughと「品種改良された」という意味のbredという二つの言葉からできた名前です。
   
 サラブレッドは競争に適した能力を特化させるために厳選された三頭の馬(ダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンアラビアン)を根幹としました。競争能力の特化によって「血の集中」をしたわけです。ある目的のために「血の集中」をしたという点ではラテン国家と同じといえます。 では、それが行き着く先も同じなのでしょうか?
 
 いえ、最悪の結果を知りえているということは、そうならないようにする方策をも考えることができます。
 そして、その方策を考えつづけている、競馬関係者の方が大勢いることも私は知っています。
 
 私のような競馬好きも、好きであるからにはそのことを考えつづける必要があるのではないでしょうか?
 
 もっとも、私がそれを強要するなんてことはできません。
 これを読んで、どうお考えになったか、知れることを喜びとしたいものです。

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