(本文、写真撮影:秩父路号)
*情報は2017年2月現在のもの

始めに

 イギリスの鉄道は日本と同じように民営化されたが、両国がそれを行った手法は異なる。日本では国鉄を地域ごとに路線と車両を保有する民営会社6社(現在のJRグループ)が設立されたが、1993年のイギリスの鉄道の民営化時には上下分離方式が採用された(何故このような判断に至ったのかは様々な政治的思想や思惑が生み出したものなのでここでは割愛)。

 上下分離方式とはその名の通り「上」(列車運行会社)と「下」(線路などのインフラ管理会社)の運営を切り離すこと。現在「下」は国が保有する「ネットワーク・レール」が鉄道インフラの保有・管理をしており、「上」では2017年2月現在25もの旅客鉄道輸送事業者(TOC)が存在する(元々イギリスでは「下」も民営会社だったが、これもまた様々な背景があり実質国有化されたが長くなるので詳細は割愛)。運輸省が指定した区域の路線網の列車運行権が「フランチャイズ」、そしてそのフランチャイズを民営会社であるフランチャイジーに授与する形態が「フランチャイズ制度」であり、そのフランチャイジーがTOCを設立して列車を運行する。以下ではこのフランチャイズ制度の詳細な行程を解説していく。


民営化の際、上下一体式となったJRグループ

一方イギリス国鉄は上下分離方式で民営化された。

フランチャイズ制度の全容


イギリスの民営化された鉄道では様々な機関が存在し、以下の図のように互いに複雑な関係にある[1]

1.ネットワーク・レール (Network Rail)
国営機関で私鉄や自治体を除くイギリスの本線鉄道のインフラの管理・保有会社。TOC(後述)は皆ネットワーク・レールに線路使用料を支払い列車を運行する。鉄道インフラの保線・管理の責任を持ち、路線電化や信号システムのアップグレードなどもネットワーク・レールが施工しますが、下請けに外注する事例もある。

2.運輸省 (Department for Transport, Rail Executive)
各フランチャイズの詳細を設定し、授与する英政府大臣省。TOC側も自由に列車を運行できず、フランチャイズに運輸省が設定した最低列車運行本数や最高運賃額などに従わなければならない。これにより不採算路線からの列車の大幅削減や、不当な額の運賃設定を阻止する。場合によっては運輸省自らが新車両を発注することもあるが、基本的にそれは後述のROSCOの役目。

3.鉄道・道路管理省ORR (Office of Rail and Road)
イギリスの鉄道(と道路)を統制する非大臣省。TOCに列車運行ライセンスを授与したりネットワーク・レールの線路使用料の制定を行う。他にも鉄道の安全面や鉄道利用者に違法な措置が取られていないかを管理する責任がある。運輸省とは独立した行政機関で、政治的な影響を受けない客観的な判断を下す義務がある。

4.旅客列車運行事業者TOC (Train Operating Company)
フランチャイズ区域内の路線で列車を運行する。運輸省やORRの管理の元ダイヤ設定や運賃設定を行う。駅などはネットワーク・レールから、使用車両はROSCOからリースして使用する。

5.車両保有会社ROSCO (Rolling Stock Company)
TOCにリース料を徴収し車両を貸し出す[2]。運輸省やTOCなどと協力して新車両発注も行う。

フランチャイズ授与までの流れ

1. 運輸省の方針と政策を元にフランチャイズの大まかな骨組みを組み立てる

2. フランチャイズの詳細を設定するための公開協議とステークホルダー参画
一般の利用客にアンケートなどを通してどのような要望や改善案があるかを聴取し、ITT(後述)に反映する。

3. 入札企業の選定調査票、PQQ(Pre-Qualification Questionnaire)
フランチャイズ競争への入札は最低条件があり、フランチャイズを運営できる十分な資金と人材、安全基準の厳守などを満たした企業だけが参入でき、それを証明するためにPQQを提出する。今まで参入企業は入札を希望する都度PQQを提出していたが、2015年12月からは特定企業がPQQを免除になる「PQQパスポート」が配布された[3]

4.入札案内、ITT(Invitation to Tender)
運輸省が公開協議の結果を考慮した入札案内の発表。運賃設定や列車運行本数の設定、新型車両やワンマン運転の導入の義務などフランチャイジーに対する責務が記載してあり、この事項から逸脱を希望する場合はフランチャイジーは運輸省と交渉しなければならない。企業はITTに沿って入札を行う。

5. 運輸省の入札考察
通常各フランチャイズに3社から5社の入札を受け入れ、どれが一番最適なものかを運輸省が考察する。

6. フランチャイズ授与(Franchise Award)
フランチャイズ開始の約三ヶ月ほど前に契約を授与する会社を発表。

フランチャイズの運営体系

 主な収入は運賃からだが、駅構内の一部をテナントにサブリースすることでも収入を得ている。主な出費は人件費、車両のリース料、車両の保守点検、ディーゼルまたは電気代、ネットワーク・レールへの線路使用料など。

 これに加え運輸省からの援助金授与、または支払い義務(プレミアム、Premium)が発生する。現イギリス政府は採算性の低い路線でも社会的に重要なインフラとして認め、フランチャイズの収入が予想運営コストを下回ると想定された場合、運輸省からの援助金が与えられる。どのようにして収入と運営コストが計算されているかは商業的機密事項なので開示されていないが、不採算路線を多く抱えるフランチャイズほど援助金が多く授与される傾向にある。逆にフランチャイズの収入が運営コストを上回ると想定された場合は運輸省へのプレミアムの支払い義務が発生。このプレミアム(または援助金)の額はITTで大まかには設定されているが、入札時の競争対象の一つであり、入札側はどれだけ多くのプレミアムを運輸省に払う(または少なく援助金をもらう)かを提示することで運輸省側は一番経済的な入札を選ぶことができるという思想だ。

 よく間違われるが「援助金をもらっているフランチャイズは必ずしも赤字ではない」のと「プレミアムを支払っているフランチャイズは必ずしも黒字ではない」ということ。無論フランチャイズを運営するTOCは民営会社なので、不採算路線を多く抱えるフランチャイズでも援助金によってTOCが利益を出せる仕組みになっている。逆に採算性が高い路線を多く抱えるフランチャイズからはTOCからのプレミアムによって運輸省はそれなりのプレミアムが期待できる。更に特定のフランチャイズは運輸省とは別に地方自治体から更なる援助金が授与される。

 フランチャイズ期間はそのITTが発行される都度決定されるが、最近は7〜10年間で延長オプションが付く形が多い。ITTにはTOCが達成しなければいけない事項(最低定時運行率や顧客満足度など)があり、これらが継続的に下回った場合や他に違約事項があった場合には運輸省がTOCからフランチャイズを剥奪する権利がある。

2017年2月現在のTOCの詳細と2014-2015年度の業績[4]


・[注1]-カレドニアン・スリーパーは以前はスコットレール・フランチャイズの一部だったが、2015年4月から独立。
・[注2]-斜め字体のデータは現在のフランチャイズの発足が2015年4月よりも後であるため、前任のフランチャイジーの業績。
・[注3]-テムズリンク、サザン、グレート・ノーザンのフランチャイズはマネジメント契約(後述)であるため、これらの項目は該当しない。

他TOCの運営体系、「コンセッション」、「マネジメント契約」と「オープン・アクセス」

鉄道運営会社が皆上記のフランチャイズ方式で運営権を授与されているとは限られておらず、他の運営形態も存在する。

1. コンセッション (Concession)
フランチャイズとは根本的に異なり、自治体が管轄にある路線網の列車運営を民営会社に委託するシステム。自治体側が列車運行本数、駅の設備や定時運行率などを設定し、TOC側はそれを満たす形で列車を運行することで一定額の報酬がもらえる。これらの設定事項を越える業績を出した場合にはボーナスが加算される契約も存在する。競争入札もフランチャイズと同様に行われる。フランチャイズと決定的に違うところは乗客数の変動による運賃収入がTOCの報酬には反映されないので、収入増減のリスクは全て自治体が負っていること。ロンドン交通局のロンドン・オーバーグラウンドとクロスレールの運行委託とリバプール近郊であるマージーサイドのマージーレールの運行委託が現在コンセッションの形をとっている。

2. マネジメント契約 (Management Contract)
運営形態としてはコンセッションと同じ。運賃収入はTOCに渡らず、列車の運行を代理で行うことで一定額の報酬が支払われるシステム。運輸省がテムズリンク、サザン、グレート・ノーザン(TSGN)のフランチャイズ入札時にマネジメント契約方式にした。運輸省が述べた理由は「テムズリンク・プログラムの新車導入、ATOの部分的導入やロンドン・ブリッジの大規模工事による運行系統の変更と更新を円滑に展開すべく、TOCへの負担を減らすため」と「テムズリンク・プロジェクト完了時の乗客の流れと全体的な収益の予想が困難であることからプレミアム(または援助金)の算出が困難であること」[5]

3. オープン・アクセス・オペレーター (Open Access Operator)
運輸省の方針やフランチャイズとは無関係で鉄道運営に参入するTOC。完全に独立した運営形態であるため運輸省へのプレミアムは発生せず、利益は全てTOCが収めると同時に援助は何も受けられない。ネットワーク・レールには通常通り線路使用料を払う。しかし参入にも制限があり、自由に列車を新規に運行できるのではない。既存のフランチャイズとの直接競争と収益搾取を防ぐためにORRが設定した基準である「TOCが生むであろう収益のうち30%は新しい顧客から発生する(NPAテスト、Not Primarily Abstractive Test)」を満たさなければならない。更にネットワーク・レールと交渉して列車運行のスジを取得しなければいけないため,線路容量が既存のフランチャイズの列車で埋まっている線区には容易に参入できない。

コンセッションとオープン・アクセス・オペレーター一覧:


ソース、参考文献・ウェブページ

House of Commons Library: Passenger Rail Services
House of Commons Library: Railway Passenger Franchises
イギリス鉄道におけるフランチャイズ制度の現状と課題

[1]-Passenger's Guide to Franchising
[2]-Who really owns Britain's trains?
[3]-Rail franchising: pre-qualification questionnaire (PQQ) passport award
[4]-GB rail industry financial information 2014-2015
[5]-The Combined Thameslink, Southern and Great Northern Franchise, Stakeholder Briefing Document and Consultation Response

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