所長の魔の手に罹った平成23年5月から足かけ約2年、平成25年4月に漸く完遂に至った「懐かしの鉄道 70年代後半から80年代の日本全国の鉄道撮影記」でしたが、その最後で国鉄線乗車済線区、未乗線区及び私鉄線乗車済線区については以下の表のとおり整理したところです。
(未乗路線等のうち赤字で示したものが、その後も乗車することなく路線自体が廃止となったもの)
地域
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乗車済路線・区間
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未乗路線・区間
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北海道
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函館本線、同藤城線、同砂原線、同砂川支線、江差線、松前線、瀬棚線、胆振線、岩内線、幌内線、歌志内線、深名線、室蘭本線(長万部−沼ノ端、志文−岩見沢間)、同室蘭支線、千歳線、万字線、石勝線(除く新夕張−夕張間)、日高本線(苫小牧−鵡川間)、富内線、根室本線(上落合信号場−東釧路間)、白糠線、釧網本線、石北本線、相生線、湧網線、名寄本線(除く湧別支線)、渚滑線、興浜南線、宗谷本線(新旭川−豊富間)、美幸線、天北線(音威子府−浜頓別間)、興浜北線
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宗谷本線(豊富−稚内間)、天北線(浜頓別−南稚内間)、羽幌線、留萌本線、名寄本線湧別支線、池北線、根室本線(滝川−上落合信号場、東釧路−根室間)、標津線、士幌線、広尾線、富良野線、石勝線(新夕張−夕張間)、室蘭本線(沼ノ端−志文間)、札沼線
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東 北
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東北新幹線、東北本線、津軽線、大畑線、大湊線、黒石線、八戸線、奥羽本線、花輪線、阿仁合線、田沢湖線(角館−大曲間)、角館線、羽越本線、矢島線、久慈線、山田線、宮古線、盛線、大船渡線、丸森線、常磐線、磐越西線、日中線、赤谷線、白新線、上越線、越後線(吉田−新潟間)、弥彦線(越後長沢−吉田間)、信越本線(軽井沢−新潟間)、魚沼線
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五能線、男鹿線、田沢湖線(盛岡−角館間)、北上線、陸羽西線、陸羽東線、左沢線、長井線、米坂線、岩泉線、釜石線、気仙沼線、石巻線、仙石線、仙山線、磐越東線、只見線、水郡線、会津線、越後線(柏崎−吉田間)、弥彦線(吉田−弥彦間)、飯山線
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関 東
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水戸線、上越線、高崎線、川越線、八高線(八王子−高麗川間)、成田線(佐倉−我孫子間)、総武本線(東京−佐倉、御茶ノ水−錦糸町間)、武蔵野線、埼京線、赤羽線、山手線、青梅線、五日市線、南武線、東海道新幹線、東海道本線、鶴見線、横浜線、根岸線、横須賀線、相模線、御殿場線、中央本線(みどり湖経由を除く)
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真岡線、烏山線、日光線、両毛線、足尾線、吾妻線、上越新幹線、信越本線(高崎−軽井沢間)、八高線(高麗川−倉賀野間)、成田線(成田−松岸間)、鹿島線、総武本線(佐倉−銚子間)、東金線、外房線、内房線、木原線、久留里線、京葉線、伊東線
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中 部
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小海線、篠ノ井線、大糸線(松本−北松本間)、飯田線、清水港線、二俣線、明知線、北陸本線、高山本線(猪谷−富山間)、神岡線、富山港線、樽見線
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中央本線(岡谷−みどり湖−塩尻間)、身延線、大糸線(北松本−糸魚川間)、岡多線、武豊線、高山本線(岐阜−猪谷間)、太多線、氷見線、城端線、七尾線、能登線、越美北線、越美南線
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近 畿
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関西本線(新今宮−名古屋間)、伊勢線、参宮線、名松線、紀勢本線(和歌山−亀山間)、阪和線(除く羽衣支線)、草津線、信楽線、湖西線、小浜線、山陰本線(京都−出雲市間)、舞鶴線、宮津線、奈良線、大阪環状線、山陽新幹線、山陽本線(除く和田岬線)、福知山線(除く尼崎港線)、加古川線、三木線、北条線、鍛冶屋線、高砂線、播但線、姫新線、赤穂線
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関西本線(湊町−新今宮間)、紀勢本線(和歌山市−和歌山間)、阪和線羽衣支線、桜井線、和歌山線、片町線、桜島線、山陽本線和田岬線、福知山線尼崎港線
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中 国
四 国
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津山線、吉備線、伯備線(倉敷−黒坂間)、呉線、可部線、岩徳線、岩日線、宇部線、小野田線、因美線、若桜線、倉吉線、境港線、大社線、美祢線(厚狭−大嶺間)、予讃本線(高松−多度津間)、土讃本線(多度津−旭間)、高徳本線、鳴門線、徳島本線、牟岐線(徳島−中田間)、小松島線
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山陰本線(出雲市−幡生間、仙崎支線)、伯備線(黒坂−伯耆大山間)、福塩線、芸備線、木次線、三江線、山口線、美祢線(南大嶺−長門市間)、予讃本線(多度津−宇和島、伊予市−内子間)、内子線、予土線、土讃本線(旭−窪川間)、中村線
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九 州
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鹿児島本線(門司港−西鹿児島間)、室木線、香椎線、篠栗線、勝田線、筑肥線(博多−東唐津間)、甘木線、黒木線、佐賀線、三角線、指宿枕崎線、日豊本線(小倉−宮崎間)、日田彦山線、田川線、妻線、筑豊本線、香月線、伊田線、糸田線、後藤寺線、漆生線、上山田線、添田線、久大本線、宮原線、豊肥本線、高森線、長崎本線、唐津線、佐世保線(肥前山口−早岐間)、大村線
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鹿児島本線(西鹿児島−鹿児島間)、筑肥線(東唐津−伊万里間
※うち東唐津−山本間)、肥薩線、湯前線、山野線、宮之城線、日豊本線(宮崎−鹿児島間)、高千穂線、日南線、吉都線、志布志線、大隅線、佐世保線(早岐−佐世保間)、松浦線
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東武鉄道:伊勢崎線(浅草−東武動物公園間)、日光線、鬼怒川線(下今市−鬼怒川温泉間)
小田急電鉄:小田原線(新宿−町田間)
東急電鉄:田園都市線(渋谷−桜新町間)、東横線(渋谷−横浜間)
横浜市営地下鉄:3号線(新横浜−三ツ沢下町間)
京都市営地下鉄 烏丸線(京都−今出川間)
京阪電鉄:京阪本線(深草−四条間)
近畿日本鉄道:奈良線(京橋−奈良間)
大阪市営地下鉄 堺筋線(東梅田−谷町4丁目間)
阪急電鉄:京都線、嵐山線、千里線(天神橋六丁目−関大前間)、宝塚線、神戸線、今津線(西宮北口−仁川間)
阪神電鉄:本線
山陽電鉄全線
1986年10月20日の旅をもって一旦鉄道趣味から完全引退したのは事実なんですが、"旅"自体を完全に止めた訳ではありません。妻や友人との旅行、会社に入った後の出張等、列車で旅をする機会はありましたし、そのついでに乗り潰しもしたものです。それと忘れてはいけません。青函連絡船と宇高連絡船は"乗る"だけのためにお別れ乗船を実行しました。そうした一連の「旅」で乗車した線区は、(多分、)以下のとおりです。
1988(昭和63)年4月《青函連絡船惜別の旅》
函館市交通局本線(函館駅前−十字街間)、同宝来・谷地頭線(十字街−谷地頭間)
1988(昭和63)年4月《宇高連絡船惜別の旅》
予讃本線(多度津−伊予長浜−宇和島間)、土讃本線(旭−窪川間)、中村線(窪川−中奥信号場間)、予土線
1989(平成元)年3月《友人と北陸・高山の旅》
城端線(何故かこんな田舎でオカマと遭遇!)、氷見線、高山本線(美濃太田−猪谷間)、太多線 ※ダイヤ改正で誕生した魚津始発雷鳥の一番列車に乗車!
1989(平成元)年5月《研修会で出張ついでに遠回り》
伊東線、中央本線(岡谷−みどり湖−塩尻間)、大糸線(北松本−糸魚川間)
1990(平成2)年7月《霞ヶ関出張》
営団地下鉄丸ノ内線(東京−霞ヶ関間)
1991(平成3)年5月《妻との旅行》
京葉線、外房線(千葉−蘇我間)、営団地下鉄丸ノ内線(霞ヶ関−赤坂見附間)
1991(平成3)年10月《研修会で北陸出張》
越美北線、七尾線、のと鉄道七尾線(和倉温泉−輪島間)、同能登線
1992(平成4)年5月《妻との旅行》
田沢湖線(盛岡−角館間) ※臨時寝台急行「越後」乗車
1992(平成4)年10月《研修会で静岡県出張》
伊豆箱根鉄道駿豆線
1993(平成5)年1月《神奈川県出張》
伊豆箱根鉄道十国鋼索線
1993(平成5)年3月《神奈川県・東京都出張》
湘南モノレール、江ノ島電鉄(鎌倉−江ノ島間)、営団地下鉄半蔵門線(渋谷−永田町間)
1993(平成5)年7月《出張》
六甲ライナー
1994(平成6)年5月《大阪出張ついでに交通科学館》
大阪市営地下鉄中央線(谷町4丁目−弁天町間)
1994(平成6)年10月《秋田・山形県出張》
上越新幹線
1996(平成8)年5月《奈良県出張》
片町線、関西本線(新今宮−JR難波間)、桜島線
1996(平成8)年7月《大阪ドームで野球の観戦ついで》
阪神電鉄西大阪線
この後、とある部署でも異常な勤務形態を強いられる担当を命じられたので出張に出ることも無くなり、また、子供達も小さかったため、暫くの間は"旅"もままならない時期が続きました。しかし、子供達が次年度からは子供料金が掛かってきてしまう幼稚園の年長さんとなったタイミングで、妻に『子供がタダのうちに夜行列車に乗せて旅をさせる!』と宣言し、『公平に3人とも連れて行くこと』を条件に許可を得ました。(尤も、その条件は願ったり叶ったりなんですがね(嗤))
実はこの時に行きたかったのが「碓氷峠」。"長野(行)新幹線"(なんて云うてましたよね)開通に伴って廃止となる横軽協調運転を乗車体験したかったのです。
さて、所長殿からは再開後のルポを書けと矢の催促を何本も、それこそ耳にタコが出来る位に受けておりましたが、そろそろ矢を受ける身体も、我が鼓膜も耐えきれなくなりそうなんで、ボチボチ所長のリクエストに応えることとしょうかね(笑)
それと忘れてはいけません。平成25年9月6日、水島臨海鉄道へ撮影に行った折、偶然にも倉敷貨物ターミナルでお若い方と御一緒させて頂きました。その際に弊サイトのPRを兼ねて身分をバラした処、わたくしのコーナーにおける旅行記が気に入ってよく見ていますとのお言葉を頂戴致しました。このような経験は初めてでしたので誠に嬉しく感じたところです。所長の催促も要因で気に掛かっていたことは否めませんが、最後のワンプッシュは彼の一言であったと云って過言ではありません。この場をお借りして御礼申し上げたいと思います。
ついでなんで、前編のテーマ記事にある機関車や列車の今世紀ネタについては、こちらへと移動させることにして"世紀"の整合を取りました♪ では、よろしく<(_
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(執筆:平成25年11月19日)