尖閣諸島の警備体制の強化を目的に建造された大型巡視船。平成16年の中国人活動家魚釣島不法上陸事件において、海上保安庁は不覚にも中国人活動家の魚釣島への上陸を許してしまった。同事件はいわゆる日中間の「尖閣諸島問題」が急速に顕在化した一つの契機でもあり、海上保安庁は尖閣諸島海域における警備体制を見直す必要に迫られた。そこで、同事件の教訓を踏まえ、「拠点機能強化巡視船」として設計されたのが「はてるま」型である。
開発に当たっては以下の4点が重点的に要求された。
1.ヘリコプターとの連携機能
2.複合型ゴムボートの複数隻搭載
3.監視機能の強化
4.航空機及び巡視艇への燃料等の補給機能
何れも前述の不法上陸事件で明るみになった問題点への改善策である。第1のヘリコプターとの連携機能については、不法上陸事件の際に中国人活動家の上陸を許してしまい、警察官の移送に手間取ってしまった背景がある(※1)。またヘリコプターから撮影した現場映像を衛星を介して東京の本庁や官邸に伝送するシステムを搭載したことで、リアルタイムな政治的判断を期待できる体制を確立した。
第2の複合型ボムボートの搭載は国際的な流れに乗った形でもあるが、やはりこちらも不法上陸事件が関わっている。同事件において中国人活動家らは最終的に手漕ぎのボートに乗り換えて魚釣島への上陸を図ったため、任務遂行上の安全を第一とする海上保安庁では、従来の搭載艇では適切な対応をしかねるとされ、活動家の身柄の確保を断念せざるを得なかった。このような小型船舶への対応では機動性に優れた複合型ゴムボートが適しているとされる。「はてるま」型では7m複合型ゴムボート×2隻と4.8m複合型ゴムボート×2隻の計4隻の搭載が可能である。
第3の監視機能については、日出前の薄明で活動家船舶の認知が遅れたことへの反省が含まれている。「はてるま」型には夜間でも通航船舶の動静監視を行える遠隔監視採証装置が搭載されている。
そして第4の航空機及び巡視艇への燃料等の補給機能に、「はてるま」型が「拠点強化型」と称される所以がある。尖閣諸島というのは石垣島から160キロ、沖縄本島から420キロの距離に位置しているので、小型の巡視艇では乗員の休養、燃料や物資の補給の面で大きな負担となってしまう。そこで小型の巡視艇やヘリコプターに対して燃料や物資を補給する母船を設け、長期に渡る活動を効率よく行わんとするのが本型の設計思想である。
事実、「はてるま」型はPC型巡視船で3隻、CL型巡視艇で4隻までの同時対応が可能である。またヘリコプター用の燃料も搭載しており、後部甲板にヘリコプターを着船させることで補給を行える。ただし格納庫は設計されていないため恒常的なヘリコプター運用は不可能である。露天繋止でのヘリコプター運用も今のところ予定されていない。
このような母船機能もさることながら、自ら警備任務を行うための装備も用意されている。強力な30ミリ機関砲を1門搭載しており、これは防弾が施されたブリッジ内から遠隔操作できるシステムと連接されており、乗員は保護された空間から正確な射撃を行うことができる。また本型の特徴的な点は機関砲の他に大型放水銃を装備したことである。これは毎分20,000リットルの放水能力を誇る強力なもので、暴徒鎮圧用の非致死性兵器として期待されている。実際に2012年の香港活動家尖閣諸島上陸事件に際して、巡視船「いしがき」が抗議船に向け放水規制を実施したことが確認されている。
近年の巡視船設計で重要視されている船速に関しても、ディーゼルエンジン4基とウォータージェット(※2)4基を組み合わせることで約30ktの最大速力を確保している。最大速力の引き上げを慮ってか、PL型巡視船では「あそ」型、「ひだ」型、そして本型の3タイプに渡って無煙突の舷側排気を採用し続けてきたが、本型の次級となる「くにがみ」型、またその次級として計画されているタイプでは煙突式へと回帰している。
これは現場の乗組員にとって舷側排気の黒煙が作業の支障であると、たいへん不評であったためとも言われているが真偽は定かではない。また、本型は今後さまざまな事案に遭遇すると予想されるが、両舷後方から立ち込める黒煙は舷側排気によるもの、すなわちディーゼルエンジンの排気でしかないので、「攻撃を受けて損傷云々」等と指摘するのは誤りである。
当初、本型は老朽化が進む旧来の1,000トン級巡視船を順次置き換えて行くものと思われていたが、先に述べたような舷側排気などの運用上の不都合が明らかになったため、9番船をもって配備を終え、計画はより汎用性を高めた次級の「くにがみ」型へと移行することとなる。
本型は、もともと3,000トン級として計画されていたものを予算の都合で計画を縮小し、1,000トン級という形での完成に至った経緯を持つ。計画に無理があったと断じるのは早計だろうが、予算の都合という理由で中途半端な巡視船に仕上がってしまったのは事実であろう。
現在では「はてるま」型全9隻のうち3隻が石垣海上保安部に配備され、昼夜を問わず尖閣諸島周辺海域の警備に従事している。
※1:平成16年当時、海上保安官には陸上における逮捕・捜査権限がなかった。海上保安官による陸上の逮捕・捜査権限は平成24年の改正海上保安庁法施行で実現された。
※2:<ウォータージェット推進>従来のスクリュー推進とは異なる推進装置で、水を高圧ポンプで後方に噴射することによって推力を得る方式。スクリューよりも高速航行に適しているため、巡視船での採用例は多い。