現在は小机城址市民の森として保存されている小机城は、創建年代は明らかではありませんが、関東管領上杉氏の城として15世紀前半(永享年間)に築城されたとも云われます。文献上は1478(文明10)年に山内上杉氏の家宰である長尾景春が家督争いに不満を持ち反乱を起こした際、小机城主の矢野兵庫助が長尾景春に呼応したと、小机城の名前が登場します。
さて、長尾景春には豊嶋氏など有力武士が味方しますが、山内上杉氏の分家である扇谷上杉氏の重臣・太田道灌が次々と撃破し、小机城も落城してしまいます。その後は廃城となりますが、1524(大永4)年、北条氏綱が家臣の笠原信為を城主として配置して、城下の整備や小机衆の組織を行います。しかし、徳川家康が関東に入ると4代目城主の笠原重政は徳川家配下となりますが、近くの台村に住むことになり、再び廃城となりました。
(撮影&解説:裏辺金好)