松前藩戸切地陣屋〜北海道北斗市〜
○解説
松前藩戸切地陣屋(へきりちじんや)は、幕末に箱館を開港したことに伴う蝦夷地防衛のため、江戸幕府が松前藩に造らせたもの。1855(安政2)年に日本国内初の洋式城塞として完成し、形状は四稜郭。うち、一方が亀の頭のように突き出し、全体で6基の砲座が添えられる構造となっています。陣屋内には17棟の建物跡が確認されており、120〜160名の松前藩士が詰めていたと考えられています。なお、1868(明治元)年からの箱館戦争で旧幕府軍が進撃して来た際、松前藩兵は陣屋に火を放って退却。その後使用されることはありませんでした。
1965(昭和40)年に国の史跡に指定されています。なお、日露戦争の勝利を記念して植えられた陣屋前の桜並木800mが名所となっています。
(写真:Mr.S/解説:裏辺金好)
○場所
○風景
表御門
門が2か所復元されています。
表御門前の空堀と土塁
蔵跡
筒入跡
大砲以外の小型の砲や鉄砲を保管していた場所。
足軽詰所跡
勘定吟味役や下代(げだい/吟味役の補佐)、手代(雑務者)などが寝泊りした場所。台所や職人の作業部屋、夜警の際の交代長屋もありました。
諸士詰所跡
武士や医師、取締足軽、小者などが寝泊りした場所。台所や学問所もありました。
備頭・目付詰所跡
陣屋の最高職である備頭(そなえがしら)や脇備頭(備頭の補佐)、目付(備頭などの監察役)などが寝泊りした場所。
足軽長家跡
足軽が寝泊りしたほか、備頭などが入浴した風呂場もありました。
文庫跡
松前藩からの重要文書や書物を保管。周囲より15cmほど高い壇上に構築されています。
武器蔵跡
湿気を防ぐために赤土を固めた上に礎石を置いて、柱を立てていました。
裏御門跡
道場跡
米蔵跡
鉄砲入跡
鉄砲入跡
松前藩からの重要文書や書物を保管。周囲より15cmほど高い壇上に構築されています。