2003年3月18日 鞆の浦を観光する


この日は福山市南部にある鞆の浦の古い町並みの散策へ。まずは福山駅で117系快速サンライナーを撮影します。

福塩線の105系。

さて、バスで鞆の浦へやって来ました。当時は不便な道路環境から、抜本的な道路整備や港への架橋などを求める声も強く、江戸時代から残る風景も消える可能性がありました。このため、万が一の事態になる前に撮影に来た次第。上写真は福山藩が1811(文化8)年に築造した階段状桟橋と、現存する日本一の高さを誇る常夜燈(1869=安政6年築)。

太田家住宅と、太田家住宅朝宗(ちょうそう)邸で、共に国指定重要文化財。ここは幕末に長州派の公卿だった三条実美ら7人の公卿が、京都で長州藩が薩摩藩・会津藩・徳川慶喜連合軍と戦って破れた、禁門の変によって西に追われた「七卿落ち」のときに滞在した住宅で、鞆の特産品である保命酒を竹の葉と表現して称えた歌を詠んでいます。

 世にならす 鞆の港の竹の葉を 斯(か)くて 嘗(な)むるも 珍しの世や



桝屋清右衛門宅(龍馬の隠れ部屋)。「いろは丸」事件の際、坂本龍馬が鞆の浦で滞在した家。龍馬は紀州藩の暗殺を恐れて、ここの2階の隠し部屋に寝泊りしたそうです。



旧・鞆信用金庫本店(現・しまなみ信用金庫鞆支店)。1938(昭和13)年築。

戦国時代の武将、山中鹿之助の首塚。

さて、福山駅に戻り福山城を散策。福山城は江戸幕府の西国鎮護の拠点として、譜代大名の水野勝成が、1619年に入府し築城した城。5層7階という大規模な天守閣が特徴で、当時は背面全体に黒い鉄板が貼られるという非常に珍しい構造でした。

伏見櫓 【国指定重要文化財】。桃山時代築。

こちらは背後に映っている、ダイエーのロゴマークが懐かしい!

旧・内藤家長屋門 【福山市指定重要文化財】。福山城の外堀に面した場所にあった、福山藩士の内藤家の長屋門。1976(昭和51)年に移築されました。

最後に、福山城から117系サンライナーと・・・。

岡山色の103系山陽本線を撮影して、〆としました。

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