2003年8月12日 岡山・倉敷旅行


帰省の帰路に途中下車し、氷川副所長と岡山へ。

まずは岡山城と後楽園を見るべく、路面電車に乗車して城下停留所で下車。

岡山城・・・は後で見ることにして、まずは向かい側の後楽園へ。

後楽園は、日本三大庭園の1つで国の特別名勝に指定。岡山藩主の池田綱政が家臣の津田永忠に命じ、1687(貞享4)年より着工させ、1700(元禄13)年に一応の完成をみた庭園。1884(明治17)年に岡山県に譲渡され、一般公開を本格的に開始されましたが、1945(昭和20)年に太平洋戦争による空襲を受けた際に、岡山城とともに大きな被害を受けたことにより、戦後に修復が行われています。

左は延養亭(えんようてい)。藩主の居間として使用された建物で、ここから園内を一望することができます。しかし戦災によって焼失し、1960(昭和35)年に木造で復元されました。 右は鶴鳴館(かくめいかん)。1949(昭和24)年に、山口県岩国市から吉川邸を移築したもの。元々ここには、延養亭と同じく茅葺屋根の建物がありました。

続いて岡山城へ。こちらは廊下門。岡山城の中心である本丸は、高い順に本段、表向(中の段)、下の段の3つの段から成立しているのが特徴なのですが、この廊下門は中の段へ入るための入り口。1966(昭和41)年の再建です。

こちらは月見櫓。岡山城の現存建物の1つで、1615(元和元)年築。外観は二層櫓ですが、内側からは三重櫓となっているのが特徴です。なお、国指定重要文化財です。

黒い外観が特徴の天守閣。戦前は国宝に指定されていましたが、しかし太平洋戦争での空襲で焼失。しかし戦後、復元が行われ1966(昭和41)年に外観復元されています。

さて、路面電車で岡山駅前に戻ると、9200形電車MOMOに出会いました。

ロゴマーク

車両のコンセプトデザインは水戸岡鋭治さん。お洒落な外観ですね。


さて、今度は倉敷へ向かうべく岡山駅へ入りますが、少々撮り鉄。まずは213系による快速「マリンライナー」

山陽本線の117系快速「サンライナー」。当時は専用の塗装でした。

EF66 127号機による貨物列車。



JR四国の2000系特急「南風」。中間にN2000系試作車が組み込まれていました。

吉備線のキハ40系。後ろは広島色。

こちらは津山線のキハ40系。まだリニューアル前ですね。

最後にJR四国の113系を撮影し、倉敷へ向けて出発。

途中、14系が大量に留置れているのに遭遇。

倉敷駅で下車し、倉敷の町並みを散策。

倉敷考古館

旧・倉敷町役場(現・倉敷館)【国登録有形文化財】。1916(大正5)年築。倉敷考古館の向かい側に建つ、木造の元・町役場。現在は観光案内所、休憩所として使われています。

こちらは倉敷アイビースクエア。倉敷紡績のレンガ工場を利用した施設。ホテルのほか、近代絵画を展示する「アイビー学館」、倉敷紡績の歩みを紹介する「倉紡記念館」(これがかなり面白い)や陶芸教室があります。

洋風の建物は、中国銀行倉敷本町支店(国登録有形文化財)。1922(大正11)年築で、大原美術館と同じく、薬師寺主計の設計で、ルネッサンス風の銀行建築。今や数少なくなってきた、銀行が現在でも使用する銀行建築。

倉敷は当時は2回目の訪問だったと思いますが、その後何度も何度も訪問することになります。そして115系で岡山へ戻り、新幹線で広島へ帰省して〆としました。

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