50系客車


ED77形に牽引される50系。かつては東北や九州北部などで、こうした光景が良く見られたものだが・・・。
(写真:磐越西線 川桁〜関都/撮影:daikiti)

●基本データ・運用区間

デビュー年:1977(昭和52)年
保有会社:JR北海道、JR東日本、JR九州、真岡鐵道
元保有会社:国鉄、JR西日本、JR四国、樽見鉄道

●地方都市の旧型客車を一新

 昭和50年代初頭に、日本全国の地方都市で運用されていた旧型車両による普通列車のサービス向上を図るべく開発された車両。1984(昭和59)年までに953両が製造され、地方都市の風景を一新。基本塗装は赤2号1色で、レッドトレインとも呼ばれた。

 しかし、50系投入から間もなくして国鉄は列車の短編成化と運転本数の増加へと転換。客車列車から電車や気動車による運転へ移行し、50系は早々に余剰が発生。そしてJR発足すると50系にとって明るい話題は、青函トンネルを走る快速「海峡」運用が登場した程度で、例えばJR東日本の701系導入のように急速なペースで置き換えが進み、現在では快速「海峡」も運転を終了。

 現在は、JR北海道キハ141系に改造された車両(後にJR東日本が「SL銀河」用車両としても保有)のほか、ジョイフルトレイン用に改造されたJR北海道、JR九州の車両、事業用に改造されたJR東日本などの車両を除いて引退した。原型の車両で運用されているのは、SL用の客車として譲渡された真岡鐵道の車両のみである。

●カラーバリエーション、保存車両など


梅小路蒸気機関車館にはオハフ50 68が休憩室として保管されている。
オリジナル塗装の50系を気軽に見に行けるのはここだけかも。
(撮影:裏辺金好)

荷物車マニ50。1986年の鉄道荷物輸送廃止により早々に本来の用途を失っている。
上写真はマニ50 2232。
(写真:梅小路運転区/撮影:裏辺金好)

北海道三笠市の三笠鉄道村で保存されているスユニ50 505。
郵便荷物合造車として誕生したもの。
(撮影:裏辺金好)



 釧網本線で運行されるトロッコ列車「くしろ湿原ノロッコ号」向け50系。改造によって誕生したオクハテ510形は運転台を備える。一方、オハフ51形を改造したオハフ510形(写真3枚目)は車内を含めて改造前の姿をよく残している。
(写真1枚目:釧網本線 釧路湿原駅/撮影:裏辺金好)
(写真2枚目・3枚目:根室本線 新富士〜釧路/撮影:裏辺金好)


「富良野・美瑛ノロッコ号」用50系。
こちらもオクハテ510形が存在するが、「くしろ湿原ノロッコ号」とは前面などが異なる。
(写真:根室本線 新富士〜釧路/撮影:裏辺金好)

真岡鐵道で活躍を続ける50系。塗装は旧型客車風に改められている。
なお、2010(平成22)年からは白帯を赤帯に変えている。
(写真:真岡線 久下田駅/撮影:裏辺金好)


1987(昭和62)年にアイランドエクスプレス四国として改造されたJR四国の50系。
展望車のほか、側面窓を固定式一枚窓にしたことが特徴。1999(平成11)年まで活躍した。
(写真:瀬戸大橋線 岡山駅/撮影:JS3VXWの鉄道管理局 ※禁転載)

1988(昭和63)年に「SLあそBOY」用に改造されたJR九州の50系700番台。
屋根をダブルルーフ化したほか、展望車も備えている。
(写真:豊肥本線 熊本駅/撮影:JS3VXWの鉄道管理局 ※禁転載)

「SL人吉」用50系。2009(平成21)年に「SLあそBOY」用50系を再改造したもの。
水戸岡鋭治氏のデザインにより、黒色を基調とした外観となっている。
(写真:肥薩線 白石駅/撮影:裏辺金好)

●車内の様子


「くしろ湿原ノロッコ号」用に、オハフ51形を改造したオハフ510形の車内。
(撮影:裏辺金好)

「富良野・美瑛ノロッコ号」用50系のオクハテ510−2の車内。
(撮影:裏辺金好)


「SL人吉」用50系の車内
(写真1枚目撮影:AC20kV-DC1500V様 禁転載)

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