嘉手納基地(嘉手納飛行場)は、約19.95kuという、羽田空港の約2倍の面積に、3689mの滑走路2本を有する極東最大の空軍基地で、中頭郡嘉手納町のほか、沖縄市、中頭郡北谷町にまたがっています。飛行場機能のほか、居住地区には、基地司令部、管制塔、ターミナルビル、格納庫、兵舎、住宅、幼稚園〜高校、教会、カミサリー(スーパーマーケットのようなもの)、劇場、銀行、ゴルフ場・・・と、様々な施設が存在しており、軍人以外にも9000人以上の家族が生活し、1つの町を形成しています。
さて、嘉手納飛行場は元をただせば、戦争の真っ最中である1944(昭和19)年9月に、日本軍の「中飛行場」として完成したもので、沖縄に上陸したアメリカ海兵隊が真っ先に占領。全長2250mの滑走路を完成させ、大型爆撃機であるB−26、B−29の主力基地となりました。さらに、戦後は朝鮮戦争勃発により、1967(昭和42)年には滑走路を4000m級2本に強化し、現在に至ります。
嘉手納飛行場を間近で見るには、「道の駅かでな」の屋上と、道路を隔てて向かい側の安保の丘がお勧めです。また、嘉手納飛行場を離発着する飛行機を撮影するには、北谷町の砂辺馬場公園もお勧めです。ひっきりなしに飛び交う飛行機による騒音と安全性、その一方で嘉手納基地があることによる極東の軍事バランス、さらには膨大な人が基地に関わることによる、沖縄経済への貢献等を考えますと、非常に複雑な思いになります。
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