松本城より少し北で保存されている国指定重要文化財の旧開智学校校舎は、1876(明治9)年4月、松本の大工の棟梁である立石清重の設計によって建てられ、1963(昭和38)年まで使用されたものです。当初は女鳥羽川(めとばがわ)のほとり、現在の松本市中央2丁目にありましたが、1964(昭和39)年に現在地へ移築されました。
さて、旧開智学校校舎は和風と洋風の入り混じった擬洋風建築であるのが特徴で、中央には八角塔が存在。ここには時報用の鐘が吊り下げていました。また、玄関の龍の彫刻は日光東照宮ををまねて造られたものだといわれ、さらに開智学校の文字の脇に、天使(エンゼル)の彫刻を施しているのが、いかにも和洋折衷といった感じです。
なお、建築費用に1万1000円という巨額な資金が投入され、7割が松本町(当時)の全住民の寄附によるものです。
(撮影&解説:裏辺金好)