大内宿の古い街並み〜福島県南会津郡下郷町〜
  Oh-uchi Jyuku in Shimogo Town , Fukushima Prefecture

 南会津の山間にある大内宿は、江戸時代に日光・今市と会津若松を結ぶために会津藩が整備した下野街道(南山通り、会津西街道)の宿場町の1つ。物資の輸送や参勤交代のルートとして発展しました。

 明治以降は新街道から外れ、さらに鉄道も通らなかったことより、大内宿は衰退します。戦後になるとダムなどの補償金や建設工事等の収入によって得た資金により近代化の波が押し寄せ、茅葺屋根のトタン化や、家屋の増改築が始まりますが、1981(昭和56)年に重要伝統的建造物群保存地区に指定されると、住民による町並み保存が始まります。

 こうして現在見られるような、寄棟造の茅葺屋根の街並みは維持され、街道沿いに並ぶ建物の殆どは江戸時代後期から明治にかけて物ばかり。現在は土産物屋、民宿として活用されており、年々増加する観光客でにぎわっています。

 また、ここで提供される蕎麦は、「高遠そば」の名で知られており、箸の代わりにネギを用いて蕎麦を食べるのが特徴です。ちなみに、初代会津藩主の松平(保科)正之が信濃高遠藩主(長野県)だった縁で、長野県の高遠から蕎麦が伝わったことに由来するのだとか。
(撮影・解説:裏辺金好)
 ▼MAP

 ▼アクセス
 会津鉄道湯野上温泉駅よりタクシー

 ▼関連サイト
 いで湯と渓谷の里 下郷観光チャンネル

○大内宿の風景

子安観音堂付近から見た大内宿

子安観音堂

街並み
江戸時代は中央に水路が流れていましたが、明治になると道路両脇に移設され、街道幅を広げました。

阿部家/美濃屋
 江戸時代に名主として栄えた家で、江戸末期には没落した本陣に代わって、参勤交代時の大名の宿泊場所として使われました。明治時代の初期には、外国人の女性として初めて東北地方と北海道を旅したイザベラ・バードが宿泊し、「日本奥地紀行」という本に登場しているそうです。





復元された本陣(下郷町町並み展示館)


復元された本陣(下郷町町並み展示館)
内部は近隣の本陣を参考に再現されています。


復元された本陣(下郷町町並み展示館)


復元された本陣(下郷町町並み展示館)


復元された本陣(下郷町町並み展示館)








ねぎ蕎麦

○湯野上温泉駅

湯野上温泉駅
 公共交通での最寄り駅となる湯野上温泉駅は、日本で唯一の茅葺屋根の駅舎です。ここから大内宿へは、タクシーで約10分、2000円程度です。バスによるアクセスは充実していないので、複数人数で大内宿を訪問されるときには、会津鉄道+タクシー利用が便利です。


湯野上温泉駅

湯野上温泉駅
囲炉裏があり、ここの煙でいぶすことによって、屋根の茅(かや)の寿命は伸びています。

湯野上温泉駅