玉陵(たまうどぅん)・首里金城町石畳〜沖縄県那覇市〜


○解説

 那覇市にある玉陵(たまうどぅん)は、1501年に琉球王国の第3代国王である尚真王が、父で初代国王の尚円王の遺骨を改葬するために築いた事に始まる、第二尚氏王統の歴代国王の陵墓。首里城の西側に近接し、沖縄最大にして最初の破風墓です。

 石造りですが、外観は木造建築を模しており、加えて墓室が三室に分かれているのが特徴で、中央が洗骨前の遺骸を安置する部屋。しばらくして、東室へ洗骨後の王と王妃の遺骨、西室へ他の家族の遺骨を安置しています。

 2000(平成12)年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されました。 また、国の史跡に指定されているほか、5棟(墓室3棟、石牆2棟)が国の重要文化財、石彫獅子と玉陵碑が県の有形文化財に指定されています。

 また、玉陵や首里城から少しだけ南へ歩いた場所にある首里金城町石畳道は、琉球石灰岩を敷いた全長300mの美しい坂道。首里城守礼門東南脇にあった石門から、南部へと向かう重要なルートで、1522(尚真王44)年頃に造られたと考えられています。沖縄ならではの赤瓦屋根の民家との景観がマッチしており、沖縄県指定の史跡・名勝です。
(写真&解説:裏辺金好)

○地図



○玉陵の風景






第2次世界大戦末期、首里には第32軍司令部が置かれ沖縄戦における日米両軍の激戦の地となります。玉陵も甚大な被害を受けますが、1974(昭和49)年から3年余りの歳月をかけて復元されました。


玉陵の内部模型



遺骨はこのように入れられて安置されています。


資料館では市内で発見された陶製御殿型厨子が展示されており、玉陵のものではありませんが、その雰囲気を見ることが出来ます。



東の御番所(あがりのうばんしょ)
 門の左右には東西に御番所があり、御番役がいました。法事の折には国王の控室等に使用され、2000(平成12)年に行われた発掘調査の結果と、古写真や西の御番所(現存せず)の平面図を元に復元されました。

西の御番所(いりのうばんしょ)
 主に女性の控室としても使用されたと考えられています。ただし、発掘調査では遺構が確認できなかったため、復元されていません。

○首里金城町石畳の風景









途中にはNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」の主人公の家である古波蔵家として外観が使われた建物があります。




休憩用に開放されている首里金城村屋


金城大樋川(カナグシクウフフィージャー)【那覇市指定史跡】
 金城村の共同井戸。約10平方メートルほどの石積みに半月型の貯水池を設け、その前に排水口が整備されています。



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