加曽利貝塚〜千葉県千葉市若葉区〜



○解説

 加曽利貝塚は、縄文時代中期〜後期にかけて形成された日本最大級の貝塚。縄文時代中期の北貝塚(直径約140mで、ドーナツ状)と、縄文時代後期の南貝塚(直径約190mで、馬の蹄【ひづめ】の形)が連結し、8の字状になっている特異な形状です。関東地方の縄文文化編年上の標準遺跡ともなっています。

 貝塚のまわりには、当時の人々がくらしたムラの跡が広がっており、この場所は約7000年前から人が住み始め、約5000年前から北貝塚の形成が始まり、約3000年前まで南貝塚が使われたと考えられています。つまり、なんと4000年間の人々の生活の跡地です。

 現在、約15.1haが国の史跡に指定されており、公園が整備されているほか、博物館や貝塚の展示室、復元住居などがあります。また、全く関係ありませんが、千葉市幕張にあった江戸時代の屋敷である旧大須賀家住宅が移築されています。幕張は当時、天領に属しており、北町奉行配下の代官屋敷として寛保〜寛延年間(1741〜50年)に建築されたと考えられています。
 (撮影・解説:裏辺金好)

○場所



○北貝塚











こちらは貝塚の下に住居の跡。


今でも貝が地表に露出しています。



○南貝塚









復元住居


復元住居

○旧大須賀家住宅




ネット上で写真を見ると、比較的最近まで茅葺屋根が見えていたようですが、写真を撮影した2017年時点ではトタンに覆われてしまいました。昔はいざ知らず、今や葺き替えに数千万円かかりますからね・・・。

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