特急【なは】


理想的なダイヤで運転された「なは」。運転末期は、運転区間の短縮で、ますます愛称と運転区間が合わなくなった。
(写真:東海道本線 山崎〜高槻 ※当時/撮影:ちゃけ様 禁転載)

●基本データ

登場年:1965(昭和40)年
元運転区間:京都〜熊本(西鹿児島)
元使用車種:24系 485系など
最終時のダイヤ:下り:京都(20:09)〜熊本(7:36)/上り:熊本(20:14)〜京都(7:20)

●列車の解説

 1975(昭和50)年3月、山陽新幹線博多開業に伴い、新大阪〜西鹿児島(現・鹿児島中央)で、583系による夜行寝台特急として運転開始。愛称名は、沖縄の本土復帰を願って1968(昭和43)年10月1日改正で新大阪〜西鹿児島の昼行気動車特急に与えられたのが最初だが(1973年に485系特急電車化)、運転開始から廃止されるまで、沖縄県の県庁所在地、那覇には行かなかった。

 1975(昭和50)年3月10日からは583系による運行に変わり、さらに1978(昭和53)年10月改正で京都へ延長。そして1984(昭和59)年2月1日から24系25形客車による運転へ変更。JR化後は、JR九州が客車を担当している。

 2004(平成16)年3月の九州新幹線(新八代〜鹿児島中央)開業に伴い、運転区間を新大阪〜熊本に短縮した。また、2005(平成17)年10月改正から、編成短縮の上で寝台特急「あかつき」と併結。始発駅が新大阪から京都に延長された。非常に利便性の良いダイヤで、上手く宣伝すれば今後とも需要を伸ばす可能性があったと思うのだが、客車の老朽化もあって夜行列車自体を無くすほうが手っ取り早かったと見え、2008(平成20)年3月改正で廃止となった。

●485系


485系で運転されていた頃の特急「なは」。
(撮影:照山様 禁転載)

●583系


1975(昭和50)年3月10日〜1984(昭和59)年1月31日までは583系での運転だった。
(写真:山陽本線 英賀保〜網干/撮影:ひょん君)

絵入りマークとなった581系「なは」。1982年2月撮影。
(写真:山陽本線 英賀保〜網干/撮影:ひょん君)

581系としては運転最終日の下り「なは」。1984年1月31日撮影。
(写真:山陽本線 姫路駅/撮影:ひょん君)

581系としては運転最終日の上り「なは」。1984年2月1日撮影。
(写真:山陽本線 網干〜竜野/撮影:ひょん君)

●EF65形+24系「なは」


485系特急「雷鳥」との並び。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

特急電車のグリーン車を改造した座席車。車体断面が他と異なるのが特徴的。3列独立シートを備えた、通称「レガートシート」。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

個室車両。SOLOのロゴマークが派手で宜しい(笑)。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

最後尾。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

同じく最後尾だが、こちらはカニ24の飾り帯が異なっている。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

愛称・行先表示
(撮影:リン)  

JR西日本標準タイプの愛称・行先表示
(撮影:裏辺金好)

車両の都合で突発的に運用されたEF66形牽引による寝台特急「なは」。
(写真:東海道本線/撮影:もこてん 禁転載)

●「なは・あかつき」


晩年の「なは」。寝台特急「あかつき」と併結となり、JR西日本区間ではEF66が牽引していた。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:リン)

大阪駅に停車中の「なは・あかつき」。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:リン)

大阪駅へ向かう「なは・あかつき」。
(写真:東海道本線 六甲道駅/撮影:ひょん君)

九州内はED76形による牽引で、「なは・あかつき」トレインマークも変更される。
(写真:鹿児島本線 鳥栖駅/撮影:リン)

「なは・あかつき」トレインマーク
(撮影:リン)  

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