特急「しらさぎ」
2015(平成27)年3月改正で681系に車両を変更。多少であるが車両が古くなることに・・・。
(写真:北陸本線 小松駅/撮影:裏辺金好)
●基本データ
登場年:1964(昭和39)年運転区間:名古屋・米原〜金沢 → 名古屋・米原〜敦賀
使用車種:681系、683系
元使用車種:485系、489系、583系
●解説
1964(昭和39)年12月、名古屋から北陸へ向かう特急列車として「しらさぎ」が登場した。大阪からの「雷鳥」とともに初の交直流特急型電車(481系)を使用した特急として登場した。その後増発が重ねられ、1972(昭和47)年以降は485系も使用されるようになり、「金星」との絡みで583系も使用された。1975(昭和50)年には489系も投入される。ちなみにこの昭和50年以降、「しらさぎ」は1M〜の列車番号をつけている。1978(昭和53)年で583系は撤退し、以降、485系と489系での運転となる。そして1985(昭和60)年以降、減車が実施され、7〜9両編成での運転が基本となった。このときは定期列車の本数は変わらず、この状態のままJR化を迎えることになる。 JR化後の1988(昭和63)年、長く続いていた名古屋〜金沢間の列車が富山延長となり、全列車が名古屋〜富山間の運転となった。そして、1989(平成元)年に名古屋〜金沢・富山間にそれぞれ1往復が増発。名古屋〜金沢間の列車は七尾線への直通を予定していたため、七尾線の電化開業とともに和倉温泉まで直通するようになった。
「しらさぎ」は長く485系グループの車両で運転されてきたが、さすがに老朽化は隠せず、塗装変更等でイメージこそ変わって行ったが、新車投入の要望も多くなったため、683系が投入されるようになり、2003(平成15)年6月にはすべて683系2000番台によって置き換えられてしまった。さらに、同年10月には米原〜金沢間で運転されていた「加越」をすべて吸収し、一挙に16往復にまで成長、「サンダーバード」とともに北陸路の主力として活躍している。
2015(平成27)年3月14日改正の北陸新幹線金沢開業では、金沢〜富山間を廃止し、また七尾線直通列車については他の列車と共に「能登かがり火」として系統分割している。また、「はくたか」で使用されていた681系が塗装変更の上で転用され、683系2000番台は近畿圏へ転属するために運用を離脱している。ただし、元北越急行所属の683系が運用に加わっているので、少数であるが683系での運用が継続された。
2024(令和6)年3月16日改正では、北陸新幹線(金沢〜敦賀間)開業に伴い運転区間を名古屋・米原〜敦賀間に縮小した。
●485系・489系国鉄色
485系ボンネット車による「しらさぎ」
(写真:東海道本線 名古屋駅/撮影:裏辺金好)
こちらは489系ボンネット車。
(写真:東海道本線 名古屋駅/撮影:裏辺金好)
489系による「しらさぎ」
(写真:東海道本線 名古屋駅/撮影:裏辺金好)
米原駅に入線する489系特急「しらさぎ」。
(写真:北陸本線 米原駅/撮影:裏辺金好)
(撮影:裏辺金好)
●485系リニューアル車
(写真:東海道本線 名古屋駅/撮影:裏辺金好)
(写真:北陸本線 米原駅/撮影:裏辺金好)
(写真:北陸本線 東金沢駅/撮影:与太郎)
(写真:北陸本線 富山駅/撮影:与太郎)
●683系
名古屋駅で出発を待つ683系「しらさぎ」
(写真:東海道本線 名古屋駅/撮影:デューク)
5両+3両+3両の堂々たる11両編成で加賀温泉駅に到着する「しらさぎ」。
(写真:北陸本線 加賀温泉駅/撮影:デューク)
5両編成の683系特急「しらさぎ」は、かつての「加越」の流れをくむ。
(写真:北陸本線 金沢駅/撮影:裏辺金好)
(写真:北陸本線 西高岡駅/撮影:裏辺金好)
(写真:北陸本線 高岡駅/撮影:裏辺金好)
富山駅に入線する683系特急「しらさぎ」
(写真:北陸本線 富山駅/撮影:デューク)