2008年3月1日・2日 秋田・山形はやっぱり雪深かった紀行
○またまた秋田駅にて撮影タイム
本日は乗り鉄というより、山形県酒田市の観光がメイン。
本当は鶴岡市もセットで回る予定だったのですが、喜多見隊長の足が限界に達していたので、そちらはキャンセルすることにしました。
まずは秋田駅で色々撮影。こちらは、五能線へ直通する観光列車「リゾートしらかみ」1号(キハ40系)。
男鹿線のキハ40系と奥羽本線の701系。
青森へ向かう寝台特急「日本海」3号。
○第9ランナー 特急「いなほ」(485系/羽越本線) 秋田8:51 → 酒田10:26
さて、ここから特急「いなほ」8号に乗って酒田へ向かいます。
今回乗車したのは、大幅なリニューアルを受けていない通常の485系でした。
酒田駅で降りて、レンタサイクルを借りて市内を軽快に回ります。
酒田といえば「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」といわれる江戸時代から戦前までの大地主、本間家の屋敷が必見です。その規模は当時のことを考えるとは確かに凄いものでした。またこの他にも「本間家の寄進による・・・」という寺社建築等が市内に多く、地域の発展に本間家は欠かせない存在だったようです。
ちなみにこのコーナーの原稿を読み返していたら、2006年5月1日にデューク氏も訪問していたんですね。
中には入られなかったようですが、私はしっかりと見学しましたぜ。ちなみに内部の写真撮影はNGでした。角館では、ぜひ写真を撮ってくださいという武家屋敷もあったんですけどね。考え方は色々なようです。
こちらは酒田の観光ポスターなどでお馴染み、山居倉庫。酒田米穀取引所の付属倉庫として、舟の積み降ろしに便利な日本三急流の最上川と新井田川という川に挟まれた通称山居島(さんきょじま)建てられたものです。なんと、現役で使用されています。
まるでお寺のような雰囲気の、日枝神社随神門。明治35年に再建されたものです。「至誠通神」の掲額は、なんと東郷平八郎元帥の手によるものだとか。
ほかにも様々な名所旧跡を回り、喜多見隊長が酷くお疲れ状態。さて、東京に向けて戻る準備ですが・・。
○第10ランナー 快速「最上川」(キハ110系/羽越本線→陸羽西線) 酒田14:00 → 新庄14:50
新潟行って上越新幹線、もしくは秋田から秋田新幹線・・・なんてルートは取らず、陸羽西線へ直通する快速「最上川」に乗車。新庄へ向かうことにしました。陸羽西線用キハ110系のこの専用塗装が綺麗で個人的に好きなデザインです。
ちなみに酒田駅構内では特急「いなほ」用485系や、首都圏色のキハ40系がお休み中。485系が国鉄色なら、まさに国鉄時代の雰囲気なのです。
と、そこにキハ40系が動き出したので撮影。
それからこの時期大活躍のラッセル車。
さて、雪深いのは秋田だけかと思いきや、山形県側も内陸部は大したもの。
美しい風景が眼前に広がり、乗客も我々に限らず写真撮影。
こんなところで寝たら気持ちい・・・じゃなくて寒いでしょうね、やっぱり。
さて、新庄駅に到着。
ホームから新庄駅のレンガ車庫を撮影しました。熊本駅のレンガ車庫は新幹線建設で無くなり、糸魚川駅のレンガ車庫も新幹線建設で赤信号状態。ここだけはこれからも残ってもらいたいものです。
中々にぎやかな新庄駅ホーム。
奥の細道でお馴染み、あの二人も出迎えてくれました。
新庄駅を撮影。こうやって見ると、随分と面白い形状ですね。
新庄駅改札付近。
○第11ランナー 山形新幹線「つばさ」道(400系) 新庄15:27 → 東京19:04
読んでいる方もお疲れ様でした。いよいよ実質的に最終ランナーとなる、400系「つばさ」です。
本当は山形で一度下車して、左沢(あてらざわ)線往復というプランもあったのですが、このあと発車する「つばさ」も含めて指定席が売り切れ状態で、始発である新庄駅で自由席に乗れたことを感謝しないといけないぐらい。というわけで、余計な浮気は行わないで、真っ直ぐに東京へ向かいます。
やはり引き続いて雪景色。
かつてはスイッチバックしていた板谷峠付近。雪景色はこのあたりまででした。