2012年9月8日 ダブル「そよかぜ」を撮影する
〇撮影&執筆:リン
9月の公休ローテが決まった先月末。土曜日であるにもかかわらず休みとなった8日をどう過ごすかいろいろ検討した結果、高崎・信越線としなの鉄道でそれぞれ運転される「そよかぜ」の撮影に出向くことにしました。当初はどこに出向くか秘密などとしていましたが、行き先が被るのではと所長にメールを送ったところ予想が的中。さらに近場へ訪問する予定を立てていたネオン所員をも巻き込み、3人旅となりました。
22分遅れの7時30分にサンライズ瀬戸・出雲が東京へ到着。元々乗り継ぐ予定でいた新幹線に間に合わず、高崎で撮影予定だったE1系で向かわねばならなくなりました。
本来は特急料金を200円ほど節約するために上野から新幹線に乗る予定でしたが、開き直って840円を払い東京→上野の特急券を買い足しホームへ。折り返し運転なのは把握していたため、東京駅ホームで軽く撮影した後、先発のやまびこ号で大宮へ先回りし入線を撮影。
非常に遠くを狙ったのでかなり苦労はしましたが、なんとか様にはなったかなと。
高崎駅では200系新幹線と車内も撮影。
高崎で青春18きっぷを利用してきた所長と合流し、一旦改札を出て上信電鉄の改札口手前から「そよかぜ」の入線を撮影。2番線なら楽に撮れるのは旧1番線だけですし。
再び新幹線に乗り込み、上田駅で下車。ここで長野方面から新幹線に乗車してきたネオン所員と合流し、「あの夏で待ってる」ラッピング編成を撮影すべく大屋駅へ。
大屋駅ホームで定刻にやってきた夏待ち編成を撮影していると、上田方から189系「そよかぜ」の回送列車がやって来ました。
せっかく光線条件も線形も抜群の駅だっただけに事前の情報がなかったのが悔やまれるところではありますが、むしろ我々の間では「『そよかぜ』マークを掲出して回送するんだったら長野から営業運転すればいいのに」という意見が。麓の185系との接続を意識してのこととは思いますが、公式には連動企画と謳ってないだけに商売っ気のなさを感じてしまいます。
本来の狙いだった夏待ちラッピングは無難に撮影できました。いやあこれはなかなか。「花咲くいろは」ラッピングに比べれば控えめですが車体色と合ってますな。
続いてのターゲットは先ほど軽井沢へ吹っ飛んでいった「そよかぜ」の往路。話し合いの結果、中軽井沢で無難にということでしたが、思いの外狙いにくい線形でした。テレコンを使って何とか望遠で処理しましたが、もうちょっと他の選択肢もあればな…というのが正直な感想です。
一旦小諸まで引き返し、無駄にあれこれ動かず「そよかぜ」の復路を待つことにします。
2番線に長野行き電車が停まっていたため停車中の編成全体を撮影することができず、入線の様子を撮影。
シール式ヘッドマークではありますがいい感じに仕上がっています。
ところで、現役時代の「そよかぜ」は189系での運転がメインだったそうですが、「あさま」色の「そよかぜ」ってあったんでしょうか?
後続の169系普通で軽井沢へ向かい、新幹線に乗り換えて高崎へ。しなの鉄道での滞在時間はわずか3時間ほどでしたが、次があるので行かねばなりません。
高崎で改札を抜け、開催中の「高崎鉄道ふれあいデー」へ。今回の遠征を決意した要因の半分がこのイベントと言っても過言ではないほど。
高崎にはEF65 501やEF60 19などものすごく狙いたい車両がゴロゴロいるのですが、どうにも縁が薄いのが実情。老朽化で引退してしまう前にせめて一般公開でもいいので撮影しておこうというわけです。
とは言っても、1両ずつじっくり撮影できるわけでもなく、横に並べられているのを遠目に見るだけ。この光景だけ撮影できれば良く、たったの15分で会場を後にします。物販とか全く覗くこともありませんでした。
115系と107系。
高崎駅で「そよかぜ」の横川への送り込みを撮影し、先回りすべく高崎線を上野方面へ向かいます。
降り立ったのは新町駅。別に前々から目星をつけていたというわけでもなく、むしろ高崎線内のどこで撮影するかすら決めていないときにネットで適当に検索してヒットした場所でした。
94レ。貨物時刻表をめくって、土曜日でも運転されることとEF65形の運用であることから狙うべき列車と判断しましたが、幸運にも2036号機。前期型の特徴を数多く残す現役最若番でありがたい収穫となりました。コンテナの積載率も良好ですね。
残念ながら通過時には曇ってしまった「そよかぜ」の復路。晴れたら半逆光ですが、せめて薄日程度は欲しかったところです。まあ、この程度なら問題ありませんが。
この新町駅、上り列車を撮影するにはなかなかいい感じの駅ですね。
「そよかぜ」を見送ったのが15時20分。ここから再び上野方面へと移動を開始しますが、この時間帯で高崎線と言えば安中貨物。当然、今回も狙います。
当初は行田あたりでということで籠原で普通電車に乗り換えるべく特快を下車したのですが、割と線形が良く「無理に移動せずここで撮ろう」の所長の一声で1時間ほど待つことに。
確実性を重視したのはカシガマこと510号機が運用入りしていたため。土曜ということもあってトキが付かなかったのが少々残念ではありますが、晴れて側面が黒潰れすることもなく綺麗にまとめることができました。
私が提案した行程ではこれで終了とし都心に早めに戻る計画でしたが、偶然にも朝の高崎駅で所長が200系原色編成を目撃しており、これの運用を推測した結果、熊谷駅で通過ながら撮影できると言うことで急遽予定に組み込まれました。
定刻に通過はしてくれましたが曇り気味だったこともあり露出が稼げず、仕方なくISO5000まで増感しシャッタースピードを確保しました。今でもこの顔が拝めるのは羨ましく、またJR東日本が未だに運用を続けているというのは意外でもあります。
熊谷から快速で大宮まで移動したところでお二方とは解散。私は上野まで乗車し、東京から「のぞみ125号」で福山に向けて現在も移動中です。ちょうど豊橋のあたりを通過しています。
正直、長野中部というのは日帰りで行く場所ではないような気がしますが、休みが固められないだけに仕方のないところです。むしろ、このような強行軍にお付き合いいただいたお二方には感謝しております。今回の行程案は全面的に私が発案したので細かく移動する方法で意外と負担だったのではと思います。