考古学レポート6 大学で考古学を学ぶ

担当:大黒屋介左衛門

○大学での考古学の講義とはどんなものでしょう。

 おそらく他の様々な学問と同様、理想と乖離した現実が待ち構えていることでしょう。

 薬学部は薬剤師の養成コースだけじゃなく、教育学部も教員の養成だけが全てではありません。法学部だって司法試験の勉強だけじゃないですよね、所長? (はい、もちろんですby所長)
 これは考古学においてもその類に漏れず、考古学を学ぶために歴史学科に入っても大学では皆さんが期待しているであろう発掘三昧の日々である可能性は極めて低いと思います。

1.なぜなのですか?


 考古をやるために大学で歴史学科を受験したのに、なぜ発掘をたくさんやらせてもらえないのか?それは日本のシステムが大きく関与しています。日本は世界でも指折りの考古学が盛んな国です。発掘が国内でこれだけ普遍的に行われている国はそう無いでしょう。またこれまで集積されたデータがここまで豊富な国も珍しいと思います。

 それにもかかわらず日常行われている発掘作業に学生が御呼びでないのはなぜか? それは普通の発掘現場で働いている人々が完全なるプロ集団であるからなんですね。

 もちろん現場にはバイト君もパートのおばちゃんもいっぱいいます。でも発掘を行う事業主体はほぼ全てプロの団体です。ここでバイト君達が働く余地があるのは発掘が肉体労働であるからに過ぎず、作業において重要な箇所は彼らは御呼びではなく、プロが粛々と進めることとなります。

 発掘作業はたいてい調査期間が厳粛に決まっていて、限られた調査期間で最大限の成果を上げねばなりません。そこでいかに情熱があるとはいえ素人同然の学生がいても邪魔なだけでなんら役には立てないのです。

2.どうしてそうなっちゃったのですか?


 日本で発掘作業が普遍的に行われているのは、法律の定めるところなのが大きな原因です。

 その法律の名は文化財保護法

 大学で歴史を学んだり、将来学芸員を目指すならとても重要な法律なので予習しておくのも手ですね。で、この法律の規定の中には埋蔵文化財に関する記述があります。んでもってその規定というのが、ある土地から埋蔵文化財が出てきた場合その土地一帯を調査するよう義務付けているのです。 これは公有地私有地問わずです。

 ですんで高速道路を建設するためだろうが、退職金全額つぎこんでマイホーム建設するためだろうが、そこに遺跡があったなら何が何でも調査せねばならないんですね。建設は調査の終了後となります、ちなみに費用は地主の自己負担が普通です。
 とまあ、こんな法律のおかげで、日本全国津々浦々いたるところで365日発掘調査が行われるようになったわけです。お分かりでしょうか?つまり発掘調査ではほぼ全ての場合で後の予定がつまっているわけです。のんびりゆったり学生のために調査している場合ではないんですね。さっさと調査なんぞ終わらせて元の目的の建設作業に取り掛かりたいのです、ですから発掘はプロ集団による迅速な作業のもとで行われます。

 このような発掘調査は普通、緊急発掘調査と呼称されます、日本で一年間に行われる発掘調査の9割以上がこの緊急発掘調査です。残りは大学や、国もしくは地方公共団体所管の学術機関、私設の学術機関が主体となる学術調査となります。あとまあ、ごくまれに考古学好きの奇特な方が自費で調査をする場合もあるかもしれませんが、その方がさらに自費出版で発掘調査報告書を刊行するとは思えないのでここでは触れないことにします。

3.それでは大学では何を学ぶのですか?


 考古学の講義がある大学はいっぱいあります。各大学それぞれ特色ある講義が用意されていることでしょうから一概に言えるものではないでしょうが、まあ、だいたいは同じだろうということで話を進めます。
 大学で学生がなすべき最終目的は人それぞれでしょうが一応は卒業することです。一般的には規定の単位を全てとって卒論を提出して卒業ということになるでしょう。これは考古学においても同様で大学の講義は卒論を書くための4年間といって過言はないでしょう。学生のほうはそうではなくても実際の大学の講義はそのように用意されていることと思います。

 つまり、考古学がやりたい、発掘がしたいと意気込んで大学に入っても現実は卒論の書き方、発掘報告書の読み方に終始するであろうということです。発掘は規定単位のための講義の一環実習の中でちょこっとかじる程度で終わるものと推察されます。

 俺はこんなことをするために大学に入ったんじゃない、もっと発掘がやりたいという人はそれこそバイトで発掘作業をするしか方法はありません。それすら担当教授に止められる場合も少なくないと思います。なぜなら、バイトの発掘作業員というのは前述のとおり肉体労働要員のみの為に雇っているのであって、そこに自分で考えるという余地はなく学生の学術探究心を養うことにはならないということと、もし現場でへまをやらかした場合、たとえば地層が変化しているのに気づかずに掘り進めてしまったり、遺物・遺構を破壊してしまったり、発掘を捏造したり(笑)などの場合、学生がその所属の大学の名を明らかにしていると、担当教授や大学そのものの責任問題につながるためです。

 とまあ、現実は学生の望みどおりとはいかないという厳しいものなんですね。
 ちなみに発掘実習すらのんびりじっくりやれる学術調査が少ない現状では、緊急発掘調査を進める事業主体に無理言ってお願いして混ぜてもらうのが大半だと思います。学術調査においてもその事業主体がそこの大学でない限り学生が参加させてもらうなんて無理でしょう、そういった現場ではそれこそプロ中のプロによる細心の調査が行われているのです、学生なんてとても、とても・・。あ〜大学が事業主体でも難しいかもしれませんね。

 やっぱり学生が発掘実習で参加できるのは前述の例か、大学が発掘実習のために残してある大学構内の遺跡の発掘作業ぐらいかもしれません。

4.じゃ〜なんのために考古学講座があるの?


 といわれても人気があるから・・、では納得しませんよね。
 でも大学4年間で考古学を修めても実社会ではほとんど役には立たないのが現実です。

 考古学で飯を食うのは至難の業です。大学に残って研究者として身を立てるか、緊急発掘調査で事業主体となる各地の(財)埋蔵文化財センターや教育委員会の専任調査員となるか、考古専門の学芸員として博物館に採用されるかぐらいです。

 言葉が悪いですが、道楽の学問と言えなくはないのです。

 人気があってそれを修めた人材がたくさん輩出されても、それを受け止めるだけの雇用が社会にはないんですよ。ですから大学のほうも他の学科と同様の形でなんとか卒業できるだけの単位が取得できたら就職活動に専念しなさいという形になります。大学は自己責任の世界ですから親身になって面倒なんて見てくれません。面倒見てくれるのはその教授の元、長いこと師事してがんばった人、つまり大学院生、修士や博士課程はたまた研究生やオーバードクターとして面倒見ざるを得なくなった人だけです。
 学問の性質上、趣味の延長でできなくもないのがそれに拍車をかけてしまってるのも現実ですね。
 イメージ先行型の学問の特質かもしれません。実際かっこいいですからね、考古学者と言う肩書きは。漫画のキャラクターとしてもたくさん登場してますし、映画『インディ・ジョーンズ』みたいなど派手なアクションもありますし・・・。学問自体もロマンがありますからね、ハインリッヒ・シュリーマンの伝記を読んで考古学者になりたいと思った人もいるでしょう、吉村作治にあこがれてという人もいるでしょう。

 でも現実は現実、うけとめてください。
 ちなみにハインリッヒ・シュリーマンに関しては考古学者という範疇に入れて良いか疑問があります。たしかにホメロスの叙事詩に感化されてトロヤの遺跡を発見した業績は評価できますが、彼の興味は考古学の学問というよりはトロヤの財宝のほうに目がいっていて、学者というよりは一攫千金目指す山師という側面があるからです。

 それを端的に表しているのが遺跡発見後のシュリーマンです。首尾よく遺跡を発見したものの肝心の金銀財宝がでてこないことにシュリーマンはいらだちます。その後金銀財宝はが発見されると狂喜したシュリーマンはその妻に出てきた財宝を身に付けさせて写真を撮っているんですね、おまけにこれを君にささげるなんていってます。こんなこと学者にあるまじき行為です。ましてやシュリーマンは出てきた財宝を政府に内緒で国外に持ち出そうとしてます。

 やっぱりこんなの学者じゃないです。・・・時代が時代なんですけどね。

5.あとがき


 なんだか、考古学を目指す人にはネガティヴな内容になってしまいましたが・・・。最後になってこんなこと書くと無責任なんですが、それでも考古学って面白いですよ。マイナス面ばかり強調してますがロマンあふれることは事実なんです、ただ、現実はこうなんですよって言うだけで。
 う〜ん、実際、考古学という学問が面白くなってくるのはつらい卒論を書き終えて大学院生になってからかもしれません。そういうわけで考古学で一生やっていきたい人はまず大学院目指してください。そのためにも英語と第二外国語はがんばってね、大体の大学は大学院試験に外国語の試験がありますから・・。

 大学院生ぐらいになると教授からのバイト禁止も解けてくるでしょうし、現場での扱いも他の肉体労働者とはちがって、より専門的なことに携わらせてくれるようになると思います。また、学生のときよりいっそう学問の知識が深まっているでしょうから楽しさも増えてくることでしょう。実際4年間で考古学の卒論を書けるようになるのは大変なことなんです。

 発掘調査報告書なんて素人が読んでもちんぷんかんぷんな内容です、はっきり言って暗号の羅列で何のことだかわけわかんないと思います。そこから必要な情報を取り出し、いくつものデータを集めて自分の設定した問題点に関する回答を導き出すのは大変なことなんですよ。

 それと同様に発掘現場での作業は細心の注意と深い知識と熟練の技術が必要で、プロになるということはどの道でも大変なことなんです。 

 日々努力、これしかありません。
 考古学者への道は長く険しいものと認識して皆さんがんばってください。 
 ・・・わたしはドロップアウトしたんですけどね・・・。

(所長より) 
 と、大黒屋さんが原稿を書いて下さいましたところ、何と実際に考古学の現場で働いていらっしゃる方よりメッセージが。日々努力、この言葉を胸にとめた上で、引き続きお読み下さい。



棒 考古学ニュース&レポートトップページへ
歴史研究所トップページへ
裏辺研究所トップページへ