2004年に第71回NHK全国学校音楽コンクール(Nコン)中学校の部課題曲として詩人、谷川 俊太郎(1931〜)が書き下ろした詩に、松下 耕(1962〜)の作曲で、混声3部版と女声3部版が発表された曲。
その後、2006年に組曲「混声合唱とピアノのための 信じる」の終曲として混声4部版、2010年には男声合唱組曲「そのひとがうたうとき」に男声4部版として発表されています。
この年のNコンの課題曲テーマが「信じる」ということで、「自己」から「他人」、そして「世界」を「信じる」ことを、壮大な世界観で表現した曲です。
私にとっては、高校の校内合唱コンクールで混声3部版、その後合唱部で参加した講習会の講師がなんと松下先生ご本人(!)で、この時に混声4部版を歌った非常に思い出深い曲です。
※以下、曲の解釈はあくまで個人の解釈です。(若干松下先生が講習会で仰っていたことも混じっていますが…)
曲の最初は最後まで曲の根幹を成すことになる、旋律がピアノで弾かれます。
(この旋律は噂では松下先生が作曲に悩んでいるとき、電車の中で突然頭の中に流れ、とっさにメモして誕生したとか…)
最初はユニゾン、そしてハモリ、続いて各パートが輪唱のように言葉をかけ合い、その後全パートが重なり合い、「信じることに理由はいらない」といった具合に、人の信じる心の動きが表現されています。
間奏のあとで転調し、雰囲気は一転!「地雷」「足をなくした」といった突き刺すようなショッキングな言葉の掛け合いで「人間への怒り・悲しみ」「他人を信じること」が歌われます。
再度転調し、「信じることでよみがえるいのち」が神秘的に歌われます。絶対にあり得ないことですが、それでも信じようとする人間の心なのかなと。
間奏でもとの調に転調し、再びピアノの最初の旋律が戻り、それに歌詞がついて歌われるのは「世界を信じること」。主旋律の裏では、「私」→「あなた」→「世界」と広がる信じる心が歌われています。次も、同じ旋律の同じ歌詞ですが、「すべてのものが日々新しい」世界なんてこちらも絶対にあり得ないんですね。だから、そうなるようにと「信じて」みる…という意味が込められているようです。
そして、最後のクライマックスへと加速。「信じることは生きるみなもと」という非常に大きなテーマが2度も投げかけられ、「信じる」決意、「生きる」エネルギーが声となってぶつけられます!
締めくくりは「la la la…」で楽しげに最初の旋律が歌われ、最後は、ユニゾンの「私は信じる」で穏やかに締めくくられます。
オリジナルと言える、混声3部版。混声版では所々配された男声の見せ場が良いアクセントになっています。
変声期の男声にも歌いやすいよう、男声パートは所々上下に分かれており、所によっては高声のみ、もしくは別途用意された中間音域でも演奏可になっています。
にしても、最初のピアノ伴奏のメロディー、聞くたびに泣きそうになります。この旋律は上記の通り、最後の最後まで何度も登場しますので、注意して聞いてみてください。
もう一つのオリジナル。女声3部版。女声合唱らしい澄んだ響きで、魅力的です。この動画は台湾の合唱団の演奏ですが、松下先生の作品って、結構海外でも歌われているんですね。
この演奏は一部ピアノ間奏や最後の「la la la…」が他のバージョンと異なりますが、、これは女声合唱組曲「そのひとがうたうとき」に収録されたロングバージョンです。(通常版もあります)
実はこちらが元々の作曲だったそうですが、課題曲としては演奏時間が長すぎるとして短縮版が採用され、ロング版は女声版が「そのひとがうたうとき」に収録されるのみです…。
マイナーなバージョンですが、こちらが本来の形ということもあってか、通常版よりも感動的に仕上がっているように感じます。
混声3部版をベースに、男声が「Tenor」と「Bass」に分かれ、より重厚な響きになっています。もちろん、途中の男声の見せ場もハモリが増え、かなり格好良くなっています!3部版と4部版どちらも歌った身としては、どちらも捨てがたいですが、男声については音域が中途半端な3部版(中学生には良いと思いますが)より4部版の方が歌いやすい気がいたします。
「信じる」はこの他男声4部版がありますが、動画は見つかりませんでした…(以前、とある団体の演奏を聴いたことがありますが、男声合唱らしい力強く、雄大な響きでオススメです。)
さて、そもそも、「信じる」という言葉自体、日常何気なく使っていますが、我々は心から何かを「信じた」ことってあるでしょうか?宗教はともかくとして、言われてみると、意外と少ないなと思います。
昨今の暗い話題が続く世の中では到底心から「信じる」なんて出来ないでしょう。例えば、2011年に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の炉心溶融事故では、政府や東電、その他多くの情報に不信感を抱いて生活をした、あるいは現在でもしている方は相当数いらっしゃると思います。
現代日本には、多くの問題が山積みな上、肝心の中枢を担う人々が危機感無く茶番をしている有様では、未来、復興を「信じる」ことは無理かもしれません…
でも、この曲には、ちょっとだけでも身近なことから何かを「信じてみようかな?」と前向きにさせてくれる力がある、まさに「生きるみなもと」な曲だと思います。
若干難しい曲ではありますが、特に混声3部、女声3部版はもともと中学生向けに書かれた曲ということもあり、素人でもちゃんと練習すれば結構歌える曲です。それでいて歌詞は本格的。「これいい!」と思ったそこの学生さん!やってみてはいかがでしょうか?
谷川俊太郎の詩は非常に言葉が良く選ばれており、合唱曲としては最高峰と思っています。今後も谷川先生の作詞は沢山登場すると思いますのでお楽しみに。
※余談ですが、クラスで合唱に興味ない悪友に「信じる」を指導中、「『信じることは生きるみなもと』だから…」と語ったところ、
「んぁ?生きるみなもとはプロテイン!(笑)」
と返され、私は唖然としたという…(泣)やはり興味のない人に魅力を伝えるというのは何においても難しいものです。