2006年に作曲家、松本 望(1980〜)が詩人、谷川 俊太郎(1931〜)の詩「やわらかいいのち」の「1〜5」の内「5」に作曲した、混声4部の合唱組曲「あなたへ」の終曲。
内容としては「愛されること」「いのち」をテーマに、神秘的、そして時々おどろおどろしく、愛の姿を描いています。なお、サブタイトルの「思春期心身症」とは統合失調症の一つで、Wikipedia「統合失調症 破瓜形」によりますと、まとまりのない思考や行動が主体で、周囲に関心を持たず外部と接触しなくなる…とのこと。興味のある方は皆さんで調べてください。
この曲は2011年度の全日本合唱コンクール(連盟)の課題曲の一つであったため歌いましたが、本当にいい曲です。ただ所々非常に難しく、これを選曲した団体はあまりいなかったような…
私自身、歌詞の内容が内容故、歌えない自分に何回絶望したか…
初めて聞くと「ナニコレ?」な感じかもしれませんが、何度も聞いたり、歌うと感動が深まります。
※毎度ながら詩の解釈はあくまで個人的なものです…
最初は「あなたは愛される」それを全パート(Bassは一部ヴォカリーズ)で宣言し、優しい豊かな和音が周囲を包みます。そこからTenorをはじめにAlto&Bass→Sopranoと「愛されることから」を重ねていき、「逃れられない」で一旦全パートはまとまります。ヴォカリーズのあとのSopranoの「たとえ〜」から扉を開くように展開しますが…。
待っているのは憎しみに溢れた世界!「すべての人」、「人生」、果ては「自分自身」までもが憎い世界です。この部分は男声が主旋律、女声はそれを優しく包み込むように展開します。
そこから全パートで「にくむにくむ…」と憎悪の念が広がるものの…。
突然世界が開けたように明るく転調。そう、結局「愛される」のです。
この部分では優しい「雨」「微風」を表現した愛の世界が展開しますが、次に現れるのは…
「得体の知れぬ恐ろしい…夢」!…なんなんだこれは!
そして全パートで「柱の影」!何が出てくるんでしょうか…
そこにソロパートで入ってくるBass「あなたの知らない」…そして他3パートの「誰かに愛される」。そう、怖い夢も見知らぬ人も結局は愛してくれているんですよ。
「なぜなら」からはヴォカリーズと歌唱パートが段々と交代していき、神秘的な雰囲気の中、もう一つのテーマ「いのち」のかけがえのなさ、「生きようと〜」からは転調して生きようとする力が歌われます。
その後SopranoとTenorの「すべての〜」で一旦落ち着きますが、そこから「固く冷たいもの(亡骸や閉ざされた心と思われます)」の中にあるにじみあふれ出る生きるエネルギーを表現しおどろおどろしく加速。
そして、男声による最初で最後のタイトルコール「やわらかいいのち」からの「いのち」がくり返されます。
原詩では「やわらかいいのちだからだ」で終わっているのですが、「だからだ」の「だ」に「いのち」をかぶせたり、男声に「だからいのち」と倒置させて歌わせていのちの連続感を感じさせてくれます。
最後は、全パートのヴォカリーズで優しく締めくくられます。
・・・う〜ん、考えさせられますね。
誰でも平等に愛されていると言うことを伝えている上、命の大切さも含む…
詩もさること、作曲も安心感とどろどろした感じが絶妙に混ざって不思議な感じです。
ちょうど私がこの曲楽譜が配られたのが東日本大震災と福島第一原子力発電所事故直後でして、この件に関しては高校生なりに色々憎いものがありましたし(今でも憎い)、練習でも「すべての人を〜」の部分が非常に難しい和音でして本番直前までなかなかマスター出来ず自信を喪失、まさに「自分自身をにくむ」状態でした。
(しかし…練習の末大会は上位大会まで行きました!…今その楽譜を見ながら書いていますが、もうボロボロです。)、その他でもいろいろと心身共に不安定な時期に歌っていましたから、この曲を聴くと「達成感」に「安心感」や「自分自身への自信」を感じますし、その他様々な出来事が思い出されます。
歌う上では、正直言って難易度が高すぎです。(苦笑)クラス合唱ではやってはいけませんよ(笑)和音も難しい和音が連続し(だからおどろおどろしさが出るんですけどね)歌いやすい曲とは言えません。そして歌詞も基本的には明るいし慈愛に満ちているんですが、途中が…。
しかし、難しい曲に共通することとして「格好いい」「歌えたときの達成感」この曲も例外ではありません。
歌詞や作詞作曲の対象が思春期の人々に向けてですから、歌うなら若いうちです(笑)若いからこそ(自分も)歌える歌があると思います。(年老いたらそれはそれで歌える歌はありますし)チャレンジする人は大変だと思いますが頑張ってください!
P.S.
最後に、実はこの原稿は別の曲紹介を考えていたのですが、変更したという経緯があります。
ちょうど原稿を書いている2012年の6〜7月にかけ、滋賀県で中学生が虐めを苦に命を絶ったということが明るみに出たことがきっかけでした。
その時ふと思い出されたのが「あなたは愛される」のフレーズです。
いろんな事情で自分が嫌になったり他人を憎むことは多々あると思います。実際彼も凄惨な虐めを受けた上、先生からも放置されてしまったのですから、そう思わざるを得なかったでしょうし、私だって(特に自分を憎むことについては)しょっちゅうです。それでも「愛されることから逃れられない」し、「誰かに愛される」。
彼の場合だってどこかで愛していた人はいたのですから…
この曲を聴くと何となく、気分が落ち着いて、愛されていると思えるし、愛することも出来るようになると思うんです。少しでも合唱曲で心が癒されたり、生きる希望を持てる人がいるなら私は合唱人として本望です。