!!…。
手塚の中は自分の中で嫌な予感が広がっていくのを感じた。川田は更に話を続ける。
「そんなこんなで、オロオロしているうちに夕方になって…、先輩のご両親も旅行中で連絡がつかないし、どうしようもないんで救急車を呼ぶことになったんですけど…。消防署にも 電話がつながらなくて…。結局、狭間先輩の車で白藍病院ってとこまで行くことになったんです。そのとき桜庭先輩と岩成と西園寺が付き添いました。」
「白藍病院か…。」
そこはおそらく、現在バケモノの巣窟となっていることだろう。しかし、手塚はあえて口にも表情にも出さず、話を聞き続ける。
「ええ…。で、今度は待てど暮らせど病院にいった四人が帰ってこないんです。携帯電話も何故か圏外で連絡が取れなくて…。」
戻ってこない、ということは最悪の事態を覚悟しなくてはなるまい。そして亀村もおそらくは…。手塚の中で嫌な予感は確信に変わりつつあった。
「それでも一応、一晩は待ったんです。この家を留守にするわけにもいかないし…。で、一昨日の昼頃、これはどう考えてもおかしい、っていう話になって、今度は閣下と藤田君が病院まで様子を見に行くことになりました。それで、その日の夕方ごろ閣下だけ帰ってきたんですけど…、なんか閣下が言うには、一度車を取りに実家の方に寄ったとき、閣下のご家族も目を覚まされていなかったそうで…。それを見て藤田君も家族が心配になったらしらくて、病院は外から見るだけにして、家のほうに送ったそうなんです。それで、閣下は家族が心配だから実家の方に戻っていると…。僕達にはうかつに動かないようにって言って戻られました。」
そこまで聞いて、また手塚が口を開いた。
「うかつに動くな、か。なるほどね。閣下らしい判断だ。で、外から病院を見て、どうだったって?」
「狭間先輩の車だけは確認したそうです。けど、それ以上のことは分からないって…。」
「そうか…。で、昨日はどうしてたんだ?…まぁ、大体の予想はつくけどな。」
川田は一呼吸おき、つばを飲み込んでから話を始めた。その顔は見る見る青くなっていく。どうやら相当に恐ろしい思いをしたようだ…。
「昨日は、ガラスの割れる音で目が覚めました。何事かと思って、全員でその音のした裏口の方に見に行くと、…ゾンビが入ってきてたんです。」
ゾンビ、と聞いて手塚は一瞬何のことか分からなかったが、すぐに理解した。確かにあのバケモノの特徴はゾンビのイメージに非常に近い。
「最初は泥棒か何かだと思ったんです。でも、すぐにそれは人間じゃないことが分かりました。…襲ってきましたから。」
「やはりそうか…。それでどうした?お前が生きてるってことは、どうにかして撃退したんだろう?」
「ええ…、最初に襲われたのは一番近くにいた杉田でした。しがみつかれて首筋のあたりを噛まれそうになったんですけど、その前にみんなで引き剥がして…。一之瀬が押さえ込んだと思ったら、また噛まれそうになって…。やたらタフで、力が強いんですよ…、殴ろうが蹴ろうが効かないし…。結局、樋口先輩が台所から包丁を持ってきて、それで…。」
止めを刺した、ということだろう。しかし、未知のバケモノによる突然の襲撃にこれだけ対応できれば十分だ。意外に彼らのサバイバル能力は高いのかもしれない。
しかし、手塚はまだ最も重要なことを聞いていないことを思い出した。
「で、お前以外の3人は何処に行ったんだ?むしろお前だけ残っているのも不自然だが…。」
できれば安全な場所にいてほしかった。この町から逃げていれば言うことはなかった。
しかし、川田の答えは期待したものではなかった。もっとも最初から期待などしていなかったのかもしれないが…。
「閣下にうかつに動くな、って言われたんで、昨日まではここにいたんですけど…、今日の朝になって、しびれを切らして…、町役場に行きました。本当は閣下の家に行きたかった そうなんですけど、場所がわからなくて…。役場で聞くついでになにか情報があれば、ということだったんですけど…。僕はその…怖くて…。」
一人で残る方がよっぽど怖いと思うが…。どうも川田はこのあたりの感覚がズレているらしい。
「さて、川田。君はこれからどうするつもりだ?」
突然の質問に川田はあっけにとられてしまった。
「えっ?どうするって…。」
「何だったら俺の家に来るといい。親父もいるし、ここよりは安全だと思うが…。」
疲労と緊張で体力も気力も限界に近づいている川田には選択肢は一つしかなかった。もとよりここにいる理由はもはや皆無だった。
「…分かりました。お願いします。」
「よし、じゃあ、行こうか。」
二人は外に出てバイクに乗り込んだ。
「あ、ところで…。」
エンジンをかけたところで川田が切り出した。
「先輩はこれからどうするんですか?」
「俺は…、連中を助けに行こうと思う。生存の可能性は低いかも知れんが、放って逃げるわけにも行くまい。…逃げたいのは山々なんだがな。」
そう言ってアクセルを一度吹かしエンジンを温める。
「さぁ、手遅れにならないように急ごう。しっかり掴まっていろ!」
ヘッドライトはナイフのように広がる暗闇を切り裂いた。