第15話:イモリ人間に撃ち込む拳銃
メスを握った右腕に渾身の力を込め、バケモノの腕を振り払う。メスの刃はバケモノの両目をつないだ直線上を流れた。
「グギィィィシャァァァァァ!!」
決して人間のものではありえない絶叫。しかし、その中に、苦痛、恨み、怒り、絶望…、全ての負の感情が込められていることだけはわかる。だが、決して同情はできない。すればそこにあるのは自身の死…。
バケモノは手塚の両腕を押さえつけていた両手で、今は自分の目を覆っている。手塚は全身のバネを使って、そのバケモノを跳ね退けた。
やっと自由になった体で、部屋の蛍光灯をつける。稲妻にも似た点滅が2,3度繰り返された後、ようやく自分を追い詰めた悪魔の姿態があらわになった。
闇よりも黒い背中と、鮮血を思わせる腹部の赤、そしてそこに走るグロテクスな文様。その姿はまさに「イモリ人間」というに相応しく、狭間が遭遇したものに相違なかった。そのイモリ人間は、両目を失ってなおその動きを衰えさせることは無く、怒り狂ったかのように滅多矢鱈とその爪を振るっている。
その爪は空を切るか、無意味に机や椅子を弾き飛ばし、破壊するだけ。しかし、近づくのは危険と判断した手塚はやや離れた位置から拳銃で狙い撃つことにした。1発打ち込むごとに、短い悲鳴をあげ、その方向に向き直り、爪を振るう。手塚はその度にイモリ人間の背側に回り込み、角度を変えながら鉛玉を打ち込む。…復讐欲の充実、そしてサディスティックな快感。6発目の弾丸を打ち込んだところでイモリ人間は動かなくなった。手塚の頬はわずかに笑っていた。
一瞬、恍惚に浸ってしまったがそんな自分に気付きすぐに我に返る。
…危ない、このままでは快楽殺人者になりかねん。こんな状況ならば、少しくらい狂ったほうが都合はいいのかもしれないが…。
そんなことを思いつつ、広い会議室を探っていると部屋の隅の屑箱から1部の冊子を見つけた。表紙には「鹿尾町における生物兵器製造、および使用実験計画報告書」とある。何やら表紙だけで今、自分のおかれている状況とこの町で何が起こったのかわかってしまいそうなほど直接的なタイトルだが…。
意外とこの冊子は分量が多く、全てを読んでいる時間はなさそうなので、要点と思われる箇所のみを流し読みする。この冊子に書かれていることが確かならば、この町で行われている、少なくとも行われる予定だった主な実験は、
「初期型タイラントのより迅速な調整」
「Gウイルス感染生物の実戦レベルへの移行」
「寄生生物非依存型の自己判断可能な後期型タイラントの完全調整」
「それらの生物兵器対『ハンター・T』の実戦試験」
「『オーロラウイルス』散布による量産型ゾンビ兵の大量生産実験」
などらしい。
固有名詞など、いくつか意味がわからない単語があるが、この書類、そして、この町が如何に常軌を逸脱しているかは理解できた。それに拍車をかけるのが「それぞれの実験に必要な検体は現地調達とする。検体には健康かつ若年の成人男性が望ましい。」という一節。おそらく自分も、十分その条件に当てはまるだろう…。どんな生体実験か知らないが、決して人道的なものではないはずだ…。手塚は、したくもない想像をしながら会議室を後にした。
その後、院長室や4階へ続く階段などのほうにも行ってみたが、全て電子ロックが掛かっている。しかも、今回は拾ったIDカードも役に立たないらしい。そして、最後に残ったのが電算室。警備室でも電子ロックの管理は行われていなかったようなので、可能性としてはここが一番高い。
事務室のパソコンで起動を要求された「ホストコンピュータ」とやらもここにあるに違いない。そのドアを開けるとパソコン独特のカーボン紙を焼いたようなにおいが鼻を突いた。
そこにあったのはたった1台の端末と、記憶媒体、または演算装置と思われる巨大な物体。この程度の病院でもそれだけの施設が必要なのか、それとも、ただ単に旧式なだけなのか…。
多少の興味はあるものの、コンピュータ関係にあまり詳しくない手塚には判断のつかない問題だった。しかし、考えていても仕方がないので、とりあえず端末を起動させてみる。
見たことも聞いたこともないOSを使っているようだが、立ち上がったと同時に「IDを入力してください」と表示されてしまった。
IDと言えばIDカード。よく見れば端末の横にカードリーダーがある。そこにカードを
通すと画面に一瞬「照合中…」と表示された後、今度は「パスワードを入力してください」と表示された。
…ん?パスワード?知らないぞ?
一応ここに入るときに使った、3桁のパスワードやIDカードに記載されている内容から考えられるもの、さらには適当な文字列を打ち込んでみたものの、当然それらが的中しているはずもなく、「error!!」と表示されるのみ…。
「これは専門家を呼ぶしかないか…。」
パスワードが分からないのでは、どちらにしても無理かもしれないが、もはや彼に頼るほか可能性はない。手塚は来た道を帰り始めた。