第17話:機械に呪われし手塚
だが、遅かった。全力で走りながら手塚が見たものは、ゆっくりと閉じてゆく自動ドアで、そこに残ったのは、何故、突然怒鳴られたのか理解できず、呆けた顔をした男が一人。
「チッ、まぁ仕方ないか。驚かせて悪かったな、藤田。」
男は目を丸くし、しきりにまばたきをしている。
「あ?えっ?動くな?え?先輩?!何で??!」
台詞が疑問符を伴う単語の羅列にしかならない。当然といえば当然だが、状況がつかめていないらしい。
「いいから落ち着け。この世の中に慌てるべきことなど、何一つないんだぞ?」
手塚の言っていることも、やや、的を得ていない感があるが、藤田の混乱は少しだけ収まったようだ。
「あ、…はい。でも、何でここに先輩が?」
「それも含めて、今から現状を説明してやるよ。時間がもったいないから、歩きながらな。」
…。ここまでの経緯を一通りの話を終えた後、手塚が切り返す
「さて、今度はお前の番だ。ここまでのいきさつを話してもらうぞ。」
「あ、はい。えーっと、一昨日の昼、閣下に送られて家に帰ったら、やっぱりうちの家族も布団に入ったままで…。閣下に『あまり家から出るな』、って言われてたんで、それから今までずっと看病をして…、って言ってもほとんど見てただけなんですけどね…。でも、ついさっき、家がゾンビの群れに襲撃されてしまって…。何とか車に飛び乗って、こっちの方に逃げてきたんです。」
「あれ?お前、免許持ってたっけ?」
「まだ教習中です。実地で乗ったのは1回だけですけど、何とか動かすくらいは。途中で、ゾンビを何体か轢きましたが。」
「人間だったらどうするんだよ?」
「ゾンビでしたよ!多分…。」
二人とも笑いはしないが、緊張と恐怖が緩和していくのは感じていた。
「しかし、逃げるにしろ、助けを呼ぶにしろ、こっちよりも別方面に行ったほうが、良かったんじゃないか?何でわざわざこっち側にきたんだ?」
「いや、僕もそう思って、町の境の橋のところまで行ったんですけどね。でも…、その…、橋が破壊されてしまっていて…。歩いて川を渡るにしても、いつバケモノに襲われるか分からないし…。」
「キッツいなー、それ。つまり俺たちは、少なくとも2重の密室の中にいるってわけだ。」
手塚はもう、大抵のことでは驚かない。
「ええ。そのあと亀村先輩の家とか、閣下の家とか、心当たりの場所を回ってみたんですけど、誰もいなくて…。それで、もしかしたら、と思ってここに来てみたんです。」
「で、閉じ込められた、ってわけだ。」
「はぁ…。」
「まあいいけどな。道連れは多い方がいいし。…おっと、どうやらここらしいぜ。」
話し込んで通り過ぎそうになったが、この「機械室」が、地図に示された場所らしい。警備室で手に入れたカギを使い、ロックを外す。ドアを開けると同時に、粘るような機械油の臭いと、けたたましいエンジン音が漏れ出した。
「チッ、苦手なんだよな、この臭い。」
その声もエンジン音にかき消される。どうやらこの音は、大型の発電機によるものらしい。病院では停電などの事態に備え、必ずこういう設備がある。現在、この設備が働いているということは、この病院には正規の電力供給が行われていないということになる。
「おーい!藤田!」
エンジン音に負けじと声を張り上げる。
「はーい!何ですかぁ!?」
「どこかに配電をコントロールする機械があるはずだ!手分けして探すぞ!」
「はい!分かりました!」
こんな部屋に長くいると、頭痛がしてきそうだ。できればさっさと、することを済ませて出て行きたいものだが、それらしいものは見当たらない。
ただ、燃料の確認はできた。しばらくは大丈夫そうだ。
「先ぱーい!これじゃないっすかー!」
向こうから藤田の声がした。
「これってどれだー!」
「これですー!」
その場所まで少し距離があったので、とりあえず、安い即興コントなんかをしてみる。
「ふーむ、どれどれ…。」
発電機に銀行のATMに似たディスプレイが直結し、電算室でプリントした見取り図に酷似したものが表示されている。違いは部屋ごとに明るく表示されるものと、暗く表示されるものが分かれている程度だ。
それが電力供給を表すものであることは容易に想像できるし、自分で見てきた事実もあるので間違いない。
ガイドに従って「電力配分」の操作をする。操作法までATMにそっくりで、タッチパネル方式だ。画面を指で触れ、暗い部分を全て明るくしていく。
「先輩、なにも全部つけることはないんじゃないですか?」
「ん〜?まぁ、一応な。」
そして「決定」のパネルに触れる…。
ERROR!!
どうも手塚がコンピュータ関係を操作すると、こう告げられることが多い。ため息と共にがっくりと肩を落とす手塚。
そんなに機械オンチなのか、俺は…、と。