第27話:親父のチェーンソー
↑岩成裕太 |
岩成の体が後部座席に収まったのとほぼ同時に狭間が車を急発進させる。助手席の桜乃が思い出したように言った。
「で、手塚の奴はどうするんだ?」
「知るか、そんなこと!こっちの身のほうが大事だね!」
さっき、危険を顧みず『G』に飛び掛った行為とはあまりにも矛盾する台詞だが…。後ろの窓からはバイクに乗り、黒衣の巨人の前に立ちふさがる手塚の姿が見えた。
「さて、と。なんとか無事に逃げたみたいだな…。あとはコイツをどうするかだが…。」
手塚と黒衣の巨人との一瞬の対峙。
先に動いたのは黒衣の巨人だった。わずかに遅れて手塚はバイクを急発進させる。体勢が不十分だったため前輪が浮きそうになったが、そこは必死にこらえる。そして、黒衣の巨人の間合いのギリギリ一歩外(と思われる距離)で止まった。
もう一度、黒衣の巨人が仕掛ける。手塚が交わす。また仕掛ける…。また交わす…。どうしても攻撃が当たらない手塚に黒衣の巨人は苛立っているようだ。手塚は徐々にその間合いを開け逃げるタイミングを見計らう。やがて黒衣の巨人は直接攻撃を諦めたのか、バズーカを構えた。手塚が動き出すまえに撃ち抜くつもりだろう。だが、それこそが手塚の狙っていたタイミングだった。
もし、最初から一気に逃げていれば後ろから狙い撃ちにされていたかもしれない。だが、今ならヤツの位置はこちらからも十分把握できている。黒衣の巨人がバズーカを放ったその瞬間、手塚は今までよりもさらに強い加速で一気に道路へと出た。
逸れたバズーカ弾は病院の駐車場に大穴を開ける。爆風で車体が揺らぐ。だが、その爆煙が手塚にとっての煙幕代わりにもなった。これで一時的にではあるがヤツの手からは逃れることができた。ノーヘルの顔に当たる風が心地良い。
手塚がここまで黒衣の巨人に対して慎重になるのには理由があった。一つはもちろん確実に逃れるためだが、もう一つは自分たちの本拠地、即ち手塚家の場所を特定させないためだ。そのために今のように隙を作り追跡を防ぐ必要があったのだ。
ゾンビだらけの道路を風を切って走る。ここから家まで、約3分といったところだろう。あまり整備されているとはいえない狭い道路や、地元の人間しか知らないような小さな路地を急ぐ。ふと前を見ると狭間たちの車に追いついていた。ずいぶんトロトロと走っているようだが…。手塚は運転席に横付けする。
「どうした?ずいぶん遅いみたいだけど?」
「仕方ないだろ!そっちはバイクで楽かもしれないが、こっちは小回りが効かないからゾンビとかゾンビの残骸とか、ガレキとか避けるのが大変なんだよ!」
…なるほど、そういうものか。
だが、幸いここから先の道路はそこそこ広い。もう、そういった心配は無いだろう。次の角を曲がれば、約80m先に手塚の家が見えるはずだ。
…ん?
家の前で赤い炎のようなものがちらちらして見える?
たくさんの人影が踊っているように見える?
…まさか!
「すまない!先に行く!」
運転席の狭間にそう言い残し、手塚はバイクを急加速させた。
手塚家の玄関前は庭になっており、一面に芝生が植えられている。もっとも、最近はあまり手入れもされておらず、芝生もところどころ禿げ、雑草も目立つようになってしまったが。
しかし、今、目立つのは雑草ではなく、大量のゾンビの群れである。十数体もいようかというゾンビが玄関目掛けて押し寄せている。それをチェンソーを持った手塚の父親と火炎放射器を持った川田が食い止めているという状況だ。
手塚はバイクのトランクの中に残してあった弾をショットガンに込めなおし救援に向かう。
「親父!帰ってきたぞ!」
目の前のゾンビの頭をきれいに吹き飛ばす。
「おう!遅かったな!」
チェンソーの刃がゾンビを肩口から腰にかけて斜めに切断する。
「川田!大丈夫か!?」
「うぁ、うわぁぁぁぁ!!」
なんとか応戦してはいるが、会話をするまでの余裕は無いらしい。
それでも切ったり焼いたりしていればゾンビの数は減る。狭間たちの車が着くころには粗方片付いていた。
「はぁ〜…。こりゃ掃除が大変だね、親父。」
「別にいいさ。ほっときゃ芝生の肥料にでもなるだろ。」
「ちょっと臭いが気になりそうだけどね。」
…何なんだ、この親子は?こんな状況で冗談を言い合える彼らに、川田は少しついて行けなかった。
狭間の車をガレージに収めさせ、皆を家へと招き入れる。
「ようこそわが家へ。ちょっと庭が散らかってるけど、まぁ遠慮せずに上がってくれ。」
「…。確かに、散らかってます、ね…。」
芝生一面に散乱する肉片は、もはや『ちょっと』と言えるレベルではなかった。