裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第36話:喰うか、喰われるか

 いい加減に探索を止めて、落盤で塞がれた道を掘り起こそうと思い始めた頃、やっと役に立つものを見つけた。幾つ目かに入った小部屋の壁に、この地下空間の見取り図が掛けられていたのだ。蜘蛛の巣と蟻の巣を足して2で割らないような見取り図が描かれているが、しっかりと現在地も記してある。かなり古いもので、所々がかすれていたり、端の方が擦り切れていたりするのが気になるが、やはり出口はもう一つあるらしい。どうやら指の爪を剥がさずに済みそうだ。

 見取り図によると、この地下空間の全長は約300m。自分が入ってきた方向には迷路状の通路が広がっているが、もう一つの出入り口は100mくらい手前から一本道になっている。出口直前で通路が大きく膨らみ、広場状になっているのが気になるが、迷うことは無いだろう。見取り図を見直してみると、もう既にほとんどの場所には行き尽くしているらしい。最後まで見取り図がある部屋に行き着かなかったのは、ただ単に運が悪かっただけのようだ。となれば、こんな場所に留まる必要は無い。
さっさと脱出させてもらおう。

 見取り図を手に入れてからは迷うことは無い。大したトラブルも無く、一本道の先の広場の入り口まで来た。目の前にある両開きの扉を押し開ける。扉の対極には地上へと繋がるであろうはしごが見える。しかし、その下には…
「やっぱり来てやがったか…。」
「G」がいた。その姿はもはや人型と言うことすらも難しい。だが、明らかに「G」だ。こちらが向こうに気付いたのに一瞬遅れて、向こうもこちらに気がついたらしい。体中から不規則に生えた節足(のような器官)を蠢かせ、蜘蛛のようにこちらに歩み寄ってくる。その動きは予想以上に速い。近寄る「G」に向かって牽制の意味もこめて一発。「G」はその巨体に似合わぬ俊敏さで、弾丸を回避した。それだけならギリギリで予想の範囲内。だが、跳躍した「G」は数メートル先の壁に張り付いている。多少の凹凸があるとは言え垂直に近い壁に、だ。さらに「G」は歩みを進め、ドーム状の天井を縦横無尽に歩き回り始めた。

「チィッ!」
 手塚はそれを狙って撃ち落とそうとするものの、ことごとく紙一重で外れてしまった。やがて「G」は手塚の真上まで到達する。逃げようと思ったがもう遅い。狙撃することに神経を割きすぎていたのだ。天井で体をひるがえし、手塚の目の前に飛び降りる「G」。ちょうど対面する形になる。そして、幾つもある上肢状の組織で、手塚の動きを封じる。鋭い爪が洋服の生地を突き抜けて皮膚に食い込む。「G」がその巨大な口をあける。もともとあった口では無い。かつて「G」が人間であったとき、胸部であった位置に巨大な口腔状の組織が新生しているのだ。その内側には鮫のような鋭い歯が幾重にもわたってびっしりと生えていた。

「お前なんぞに喰われてたまるか!」
 手塚の腕をつかむ「G」の手を支点に逆上がりの要領で飛び上がる。空中で体を丸めて力を溜める。皮膚の内側が「G」の爪でえぐれる。だがそれでも喰われるよりはマシ。体中に溜めたバネを一気に解放して「G」の口の奥に蹴りを喰らわせてやった。人間で言えば食道に直接衝撃を与えられたようなもの。その衝撃は肺の内側まで突き抜け、どんな生物であろうとも呼吸ができず、少なくとも一時的に行動不能になることは間違いない、

 …はずだった。
 確かにダメージはあった。だが、「G」はそのダメージに対して口を閉じるという行動を取ったのだ。太く鋭い歯がふくらはぎに突き刺さる。そして、振り回す。手塚の足をくわえたまま、そこら中を走り回る。足の肉が引きちぎれそうだ。手塚は外に残った左足で「G」の体を蹴り続けるものの、そんなことで放す「G」ではない。さらに手塚は、くわえられた右足に温かい液体を感じた。直後に足全体、特に傷口が灼かれる感覚。胃液だ。それも通常では考えられないくらい強酸性の。

「だああぁぁぁぁ!!!」
 否応無しに悲鳴が漏れる。それと同時に苦し紛れに引き金を引く。冷静であったならばこんなことはできない。一歩間違えば、自分の足を消し飛ばしかねないから。だが、それが功を奏することもある。その弾丸は見事に「G」の節足のうちの1本を捉え、それを弾き飛ばした。それによってやっと手塚の右足が解放された。動かないことは無いものの、ジリジリとした激痛は右足の存在すらも恨めしくする。この足では走り回ることはおろか、まともに歩くことすらも容易では無い。こうなれば、一気に決める以外に方法は無い。節足を失った痛みに悶える「G」を尻目に銃弾を込めなおす。やがて「G」が怒りの視線をこちらに向ける。

 悪いけれど、怒っているのはこちらも同じ。むしろ2本しかない足の1本をダメにされたこちらの方が、幾つもある節足のうちの1本を失った「G」よりもよほどダメージは大きいのだ。突進してくる「G」に照準を定める。1本とは言え、節足を失ったことで先ほどのように天井や壁を這いずり回ったりという激しい動きはできないらしい。…今度は外さない。
銃弾が着弾して、「G」の体表で爆発が起こる。2回に1回くらいは、節足が弾け飛ぶ。それでも「G」は突進を止めない。間合いが詰まる。残った節足のうちの1本が、その先端の爪と共に手塚に振り下ろされる。
「チィッ!」
 まだ使える左足を含め、全身のバネを総動員して寸前で避ける。攻撃後のわずかな隙を狙ってもう一撃。また、「G」の節足が吹き飛んだ。これで「G」に残されたのは、かかとから下がない足が2本と不恰好なほど巨大な腕が1本、そして昆虫のような節足が2本だけだ。こうなれば、さしもの「G」も歩く事もままならない。残った節足もショットガンで
切断させてもらった。節足は固い殻に覆われているが、関節部は弱いものだ。

 とにかく、これでもう負けは無い。
 あとは「G」が動かなくなるまで、肉の塊になるまで撃ち続けるだけだ。


棒
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