裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第38話:シナリオ

 次の瞬間、突然に強い照明が手塚の目を襲った。目が眩む…。
 自分がカメラのフラッシュを浴びせた「G」も、こんな感覚だったのだろうか…。
「ようやく来たか、遅かったな、手塚!」
 …聞き覚えのある声。いや…、その声の主に心当たりはあるものの、その男のこんな声には聞き覚えはなかった。こんな、悪意のこもった声には…。

「やっぱり黒幕は君か…。半ば、予想はしていたとはいえ、ショックだな…。」
 光を遮っていた手をどける。ライフルの銃口と皆川の黒い眼光がこちらを向いていた。隣りには猿ぐつわをして、柱に縛られた樋口がいる。猿ぐつわの下から何事か喚いているが、ライフルの柄で頭を強打され、一蹴された。
「ほう…、予想していた、か。その割には随分とこちらの思惑通りに動いてくれたな。」
「そちらの書いたシナリオどおりに行かなければ、その場で始末されていたのだろう?だからあえて芝居に乗っただけさ。」
 大体、皆川の行動は最初から不自然すぎた。他にも、どう考えても奇妙すぎる状況も多かった。恐らくそれらは、彼が仕組んだことなのだろう。
「…さすがに読みが鋭いな。俺が見込んだとおりだ。しかし、そこまで分かっているのなら、最後まで、こちらの書いたシナリオに従ってくれるよな?」
 ライフルを構え直し、その存在を強調する。まるで、『君の命は僕の掌の上で、弄(もてあそ)ばれているんだぞ?』とでも言いたげだ。

「それは脚本家の腕次第、だな。でも、ここまで引っ張ってきたんだ、この場で俺を殺して、はい終わり、って訳じゃないんだろう?」
 ここまで来て、ジョークを飛ばせる余裕…。
 否、それは逆に追い詰められている証拠だ。
 自分と樋口、二人の命を握られている状況…。心理戦の要素も使って、何とかして隙を誘い出す…。
 最初から最後まで、キツネとタヌキの化かし合いもいいところだ…。もちろん、僕らはそんな無意味なことはしない。
「…単刀直入に言おう。手塚、我々の仲間に、アンブレラに入らないか?学歴なんて関係ないさ。そう、『エージェント』として、君の力が欲しいんだ。」
「『エージェント』?今の君がそれか?」
「そう…。要は俺みたいに、キツくて、汚くて、危険な仕事をしてくれといっているんだ。」
 突然のスカウトと、至極簡単な職業紹介。こんな所で就職セミナーを受けるとは夢にも思わなかった。

「3Kねぇ…。肉体労働は苦手だよ。」
「その割にはよくここまで生き残ったじゃないか。他の奴らはダメだったぜ?」
「他の奴ら?俺、以外にも誰かいたのか?」
 アンブレラ…、『人々を病苦から守る』として、傘を意味するその名を冠する企業はヨーロッパに本拠地を置き、世界を股にかける巨大な製薬企業だ。表向きは…。
「薬剤師としての就職先ならこれ以上無いものだけどね…。僕は地元就職希望だし、大学を卒業するまであと2年ちょっとかかるんだけど…。」

 どうやら状況は、そこまで待ってはくれないらしい。
「亀村などにも目を付けていたんだがな。ダメだ、あいつらは。適性がない。向いてないんだ、こういう仕事に。実際、チラッと話もしてみたが、すぐにおじけづいて、警察に行くとか抜かし始めたんだ。だからまぁ…、別の方法で役に立ってもらったよ。」
「別の方法…、実験台、ということか?」
 彼らの最も残酷な最期を、自らの口で確認しなければならない苦痛。心が消えていく気がする…。
「ああ、彼らのそっちの方向に対する適正には目を見張るものがあったね。実験はとても上手く行ったんだが…、残念ながら人間である君には勝てなかった。まぁ、その程度だったということだ。」
 消えた心を彼の台詞がさらに引き裂く。もういい、もう止めてくれ…。
「その点、牛田はいい線行ってたんだがなぁ、正直、第一候補は彼だったんだ。しかし、アレだ、事故でな。信じてくれよ?事故だったんだ。単なる事故。まぁ、経緯はどうでもいいって言えばどうでもいいんだが、それで、右足が使い物にならなくなってな。二度と歩けるような状態じゃなかったんだと。人間だったらな…。」

 ひどく歯に布がかかったような言い方が続く。明らかに裏がある…。
「でも彼は回復した。歩けるどころか、跳んで走って、バズーカを撃ちまくるくらいにな…。黒衣の巨人…、お前が殺そうとしていた、あのバズーカ野郎がそうだろう?違うか?」
 町役場で、自分を「G」から守ったときから、何かあるとは思っていた。そして二度目、さっきの触手のときでも同じ事をしたときから、そんな気はしていた。
「…御名答。まぁ、ヒントを出しすぎたかな。彼に関しては他の二人より時間があったから、少し手の込んだことをしたんだ。」

 彼らにした悪魔の所業を、いかにも楽しそうに話す皆川。
 できることなら今すぐに、この世にある全ての苦痛を与えてやりたい…。 
「亀村みたいにまるっきりバケモノじゃあ、いろいろ使いづらいだろ?だから、牛田の場合には、なるべく知能を補完する方向で処理したんだ。それ自体は上手く行ったぞ。簡単な命令なら聞くし、バズーカ砲程度の道具も使える。だがなぁ…、ちょっとした弊害も出てな。たまに自我が復活するんだ、二重人格みたいに。で、いろいろ記憶も残ってるらしくて、俺を追いまわすんだ、あのバカが。結局役立たず、いや、むしろ行動の予想がつきにくい分だけ、「G」とかタイラントとかよりも、よっぽどたちが悪い。出来損ないだな、あれは。」
 出来損ないはお前の方だよ…。

「さて、ずいぶん無駄に話したな…。もう、アドリブはいいだろ?そろそろシナリオに戻ろうぜ?」
 皆川は手塚に舐めるような視線を投げかけながら、後ろに回る。
「おっと、こっち向くなよ?アンタの目、明らかに何か狙ってるんだ。それが怖くてな。念のために、そのまま手を上げてもらおうか。」

 しまった。
 この状況では圧倒的に不利なのは自分の方だ。この状況になる前に、もっと早目に勝負をかけておくべきだった…!
「今、自分がどういう状況にあるのか説明してやろうか?お前は今、真後ろから銃を向けられてる。俺が引き金を引けばまず避けれないだろうし、避けたとしても、お前のオトモダチ、樋口とか言ったか?そいつに流れ弾がジャストミートって状況だ。これからはその事を熟知して、受け答えしてくれよ?」
 恐らくその言葉に嘘は無いだろう、皆川の声は真後ろから聞こえてくるし、樋口は猿ぐつわの下から何かを必死に叫んでいる。
「…解った。それを踏まえて、いくつか聞きたいことがある。それは、許可してくれるか?」

 時間だ。
 とにかく時間を稼げ。
 自分の足りない頭でも、この状況を打開できるだけの考えを導き出せる時間を…!
「…いいだろう。だが、手短にな。それと少しでも怪しい動きをしたら、容赦無く撃つぞ。」
 手短に、か。向こうさんにも何か都合があるのか?しかし、これで糸口は掴めた。
「ありがとう…。じゃあ、まず一つ。アンタ…、何でアンブレラなんかに入った?経緯も気になるところだけど、俺の知ってる貴方は、こんなことができる人ではなかった…。」
 心理戦、時間稼ぎ、情報収集…。それらのどの目的も含んでいるが、実のところこの質問は、手塚自身がどうしても納得できない点でもある。
「カネのため…、と言ったら怒るかい?」
 上げた状態の手塚の手の、右の人差し指がぴくりと動く。
 手塚は感情を抑え切れなかったことを後悔したが、どうやらその行為は『少しでも怪しい動き』の範疇には入らなかったらしい。
「冗談だよ。…いや、あながち冗談とも言い切れんな。例えば、お前ならどうする?どうしてもカネが必要なとき、そのカネで何か大切なものを取り戻せるとき、お前は他人を犠牲にしない、殺さないと誓えるか?」
「そんなこと、わかるわけ無いだろ?そんな状況に…」
 …違う!そんな状況になったことが無い、などということは無い!『カネ』という媒介が無いだけで、今、まさにその状況なんだ!
「な?ヒトは自分のために他人を犠牲にする。…いや、ヒトだけじゃない。全ての生物はみんな、多かれ少なかれ他の生物を犠牲にしなくては生きていけないんだ…。だから、俺のために犠牲になってくれよ…。」

 最後の方は声がかすれて、ほとんど何を言っているのか分からなかった。しかし、それが彼の理由か…。確かに彼の言うことにも一理ある。自分も今まで、社会的に他人を蹴落としもしたし、『生物』であるゾンビやハンター・Iも撃った、怒りに任せて町長を実質的に殺しもした…。そして今、自分は本格的に略取される側に回ったと言う事か…。自分の行動と彼の行動…、それらの何処に明白な違いがあって、何が赦されて何が赦されないかは、もはやどうでもいい。

 今、自分がしたいこと…、
 それは、全て話を丸く収めて、自分を含めた3人で、生きて帰ることだ。
 果てしなく不可能に近いことは承知の上。それでも自分は、『奇麗事』を言い続けたい。


棒
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