第41話:決着
最後の1発の弾丸が炸裂したとき、肉の壁にわずかに穴が開いた。その隙間から『G』本体の顔が見える。しかし、その表情を読み取る間もなく肉の壁が再生し、やっとの思いで開けた穴を閉じる。
…ここまでか。穴が開いた時点で、あと1発でも弾が残っていればまだ可能性はあった。外壁が厚いものほど、内側の核となる部分は脆い。『G』本体に一撃でも与えれば、一発逆転のチャンスはあったのに…。攻撃手段は失ったものの構えた銃は下ろさない。『G』に警戒態勢を続けさせるためだ。
今、『G』に攻勢に出られては、自分は勿論、未だ近くにいるであろう樋口まで危険にさらされる可能性もある。ならば、せめて爆発まで時間を稼ぎ相打ちに持ち込む。それが最後の手段だ。
手塚の眼は未だ鋭さを失わない。絶望の最中にあって希望を失わない心。稀にではあるが、それがツキを呼ぶこともある。
……肉の壁の再生が進んでいない。それどころか、その形が急速に崩れつつある。まさか、再生の…限界?
あの堅かった肉の壁がある部分では腐るように、またある部分ではひび割れて砕けるようにして崩れ落ちていく。そして、今度こそ『G』の本体がその姿を完全に現した。
今ならやれる…。だが、全ての弾丸を打ち尽くした今、自分に武器など…いや、あった。自分の最後の武器、それはこの身体、この拳に他ならない。
そして、彼は跳んだ。
「これで終わりだ!『G』!」
全ての体重と想いを乗せた右の拳が『G』本体の頬を射抜いた。それと同時に、病院でのタイラント戦のときにひびの入っていた右腕が完全に折れた。だが、手応えはあった。 しかし、手塚は知らない。その背後に触手が蠢いていたことを…。
手塚はもう動けない。とても動ける状態では無い。そこに無数の触手が襲いかかる。
……。
「どうした…。殺れよ…。」
眉間のわずか一寸先に突き出された触手に手塚が気付く。触手は全て紙一重で止まっていた。そして、そこから動く気配はなかった。
『G』本体の苦しそうな、哀しそうな表情が目に入る。その口は何か、言葉を綴りたそうに震えながらも蠢いた。
「す…、ま…、な…、い…。」
誰の声かも分からないし、本当にそんな音が出たかどうかも分からない。そもそも、『G』の口が本当にそう動いたのか、本当に彼がそう言いたかったのかさえ分からないが、手塚はそんな声を聞いた気がした…。『G』の肉体の崩壊は進み、それは触手の1本1本にまで及んでいた。本体も肉塊から剥がれ落ち、その動きを止めていた。
そうだ…、逃げなきゃ…。
ドアを押さえつけていた触手も今はもう無い。ドアノブを回そうとして始めて右手が折れていることに気がついた。そう言えば、各部からの出血が激しい…。爆発までおそらく、あと1分も無いだろう。こんな状態で、安全なところまで逃れられるのか…?
折れていない左手で何とかドアを開けようとするが、自らの血で滑って上手く行かない。焦れば焦るほど、摩擦係数が下がっているような気がした。握力も、もはや無に等しく、目の前が暗くなりかけたそのとき、ドアは向こう側から開いた。
「手塚さん!早く!」
ドアの開けたのは樋口だった。
「…逃げろと、言った…、はずだぞ…。」
この状況にあっても、手塚はあくまで気丈だった。
「あなたを見殺しにして生き延びるなんて、僕には出来ない!」
しかし、その態度とは裏腹に、彼はもう自分ひとりの力ではまともに歩くことも出来なかった。樋口はそんな彼に肩を貸す。手塚もそれを甘んじて受ける。
「…済まない。…ありがとう…。」
その肩は、あの怪物達をなぎ倒した者にしては、あまりにも弱々しかった。
この消防署は、そんなに大きな建物では無い。駐車場の扉を抜ければ、出口までは10メートル弱だ。しかし、その程度の道のりでも、今の彼らには限りなく遠く思える。迫り来る爆発の恐怖を背中に感じながら、出口を目指す。そして、出口が見えたその瞬間、それは来た。
まずは、はるか彼方で聞こえる爆発音。一瞬遅れて肌に伝わる衝撃波。そして地響き。
爆発が始まったのだ。それでも振り返っている暇は無い。今は一歩でも、遠くに逃げなければ。しかし、爆発音はどんどん近づいてくる。爆風にも熱がこもり始めた。恐らく次は、すぐ後ろで…?!
「くっ!伏せろ!」
出口のドアをくぐった直後、手塚が叫んだ。地面に伏せ込んだ彼らのすぐ上を爆風が駆け抜けた。何とか建物の外には出たが、それでもまだ、安心というわけではない。さらに大きな爆発、例えば、消防署全体を巻き込むようなものが起これば、この距離ではひとたまりも無いだろう。振り返ると、さっきまで自分たちがいた場所は激しい炎に包まれていた…。
もはや鉛の柱になった足を引きずって、どうにかその場を離れる。爆発は断続的に続いている。
「…消防署が火事じゃあ、世話は無いな…。」
樋口の肩で手塚がつぶやく。その後、大爆発は起こらなかったものの、消防署は徐々にその形を失っていた。その屋上にあった、妨害電波を発するアンテナも、今はもう崩れ落ちていた。