裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第44話:アンブレラ、再び

おそらく、医師か看護師だろう。会話もそろそろ煮詰まっていたこともあって、手塚はそれの入室を許した。しかし、ドアを開けて入ってきたのは、白衣を着た医療従事者では無く、黒いスーツとサングラスで身を固めた二人組の男だった。広永は彼らに対して目を背けている。
「手塚サン、ですね?」
 背の高い方が、前置きも無く聞いてくる。物腰、態度、外見…、何処を見ても、わざとらしいほどの『その筋』の人間だ。
「確かにそうだけど、自分の名も名乗れないような人間と話すつもりは無い。」
 あの死線を越えた男が、まさかこの程度で臆するはずも無かった。
 手塚の態度に、背の低い、小太りな方の男が殴りかかるような仕草を見せたが、背の高い方の男がこれを制止した。
「これは失礼しました。我々は…、こういうものです。」

 男がふところから取り出したIDカードのようなものには、8角形の傘をかたどった社章のようなマークと、一見すると不規則なアルファベットと数字の羅列が記してあった。しかしそこに人の名らしきものは何処にも無い。手塚は知っていた。この社章が事件の黒幕、巨大製薬会社『アンブレラ』のものであったことを。
そして彼は、自嘲気味に少し笑った…。
「名前の方は…、勘弁してください。一応、我々の上役の方から、『たとえ偽名でも名を出すな』と言われておりますし、我々など単なる使い走りの駒に過ぎませんから、名前などさしたる意味を持ちません。」
 長身の男の物腰は執事を思わせるほど洗練されている。なるほど、よく出来た『駒』だ。
「いや、もう結構。十分あなた方がどういう方かは分かったつもりだ。それに、そういう態度をとって頂ければ、こちらも話がしやすいというもの。たとえ、どんな話題であってもね…。」
 ここまでの経緯を考えれば、彼らの目的を推察するのは難しくない。
「ほう…。ならば、私共がここに参った目的も、既に御理解頂いている、と。そう受け取ってよろしいですかな?」
「ああ…。僕を始末しに来た、と言いたいところだが、少し違うな…。人質として、彼を残したり、一緒に脱出した奴らを逃がしたりしたところから見て、大方、僕を引き込みに来たのだろう、アンブレラに…。」
 沈みそうな空気を拍手が弾く。
「ハハハ…。お見事です。だからこそ、貴方が必要なのですよ。」
 皆川もそんなことを言っていたし、このくらい読めて当然だと思うが…。
「勝手に話を進めてもらっているところ悪いが、僕がそうやすやすと、そちらの思い通りになると思っているのか?あまり無理な条件を提示するなら、こちらにも考えがあるぞ?」
 こうなれば、この場はもう逃げられまい。
 ならば、後のことを考えて、できる限り有利な条件を取り付ける他は無い。何より、こいつらごときの言いなりになるのは、自分のプライドが許せない。
「ええ、もちろんです。そのための人質ですから。それにですね…。おい、モニターをを持って来い。」
そう言われると小太りの方の男は病室の外から、3台の小型のモニターを乗せたキャスターを運び入れた。モニターのスイッチが入れられる。それぞれの画面に町を歩く男の後ろ姿が映る。

 もちろん、彼らには見覚えがあった。桜庭、岩成、川田の3人だ。
「リアルタイムの映像です。今、我々の仲間に尾行させています。お望みならば、いつでもお友達に死んでいただくことが可能です。」
 男が指をパチンと鳴らすと画面の中、岩成の数歩後ろで、ビルの看板が落下した。画面の中で人が騒ぎ出す。
「御理解頂けたでしょうか?」
 画面の中の岩成もその人ごみの中で、怪訝な表情をしていた。当然ながら、尾行されていることも、今の現象の意味も知ってはいないらしい。
「今の映像だけじゃ、リアルタイムという証拠は無いけどな。まぁ、ここにいる樋口君だけじゃなくて、一緒に脱出した奴ら全員が人質になっていることは分かった。」
 岩成以外の2人は平穏な生活に戻りつつあるように見える。それすらも僕に背負わせようというのか…。
「それだけと思わないで下さい。手塚サン、あなた、お母様がこの病院に入院されていることはご存知ですか?」
 手塚の目が変わる。彼は別にマザコンというわけでは無いが、わざわざ特効薬まで突き止めたのには、それなりの理由もある。
「…だったらどうだと言うんだ…。」
 隠しても隠し切れない怒りと動揺。しまった…。これでは付け込まれる…。男はニヤリとして、台詞を続けた。
「もちろんご無事です。ただ、ちょっと意識が戻らないだけで…。もしかしたら、今すぐにでも回復するかもしれませんし、逆にこのまま…、ということもありえます。あなたの返答次第では…。それができるのも…。」
「分かってるよ。どうせこの病院もアンブレラの支配下なんだろ?そんなこと、あんた達が部屋に入ってきたときからずっと分かってる。そうでなきゃ、あんた達みたいな人が、こんなところに入って来れるわけがない。」
 ここまでくれば、相手の丁寧な口調が逆に腹立たしい。こうやって感情を逆なでするのも、奴らの手か…。
「もう、回りくどいことは止めにしないか?もう、そんなのはいいから、さっさとそっちの条件を提示してくれ。どうせ、拒否権は無いだろうけど。」
 これではあちらのペースのままだ。なんとかしてイニシアティヴをとらないと、飲み込まれてしまう。


棒
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