京阪電鉄80形
前面3枚窓だが、貫通扉が設置されているわけではない。
(写真:錦織車庫/撮影:裏辺金好)
●基本データ
デビュー年:1961(昭和36)年元・運行区間:京津線
●地下鉄直通化を機に引退となる
京津線各駅停車用の3ドア15m級車両で、近畿車輛で16両が製造された車両で、吊掛駆動ながらも、回生・発電ブレーキと空気バネ台車を搭載し、蹴上付近などの急高配に対応した、高性能な旧性能車両である。また京阪では唯一の象牙色と青緑のツートンカラーや、京都市内の東山三条、蹴上、日ノ岡では道路上に停留所があったため、車両の入口にはステップが設置されているのも特徴である。当初は1両編成の両運転台構造だったが、1971年8月のダイヤ改正より2両編成で運用されることになったため、片運転台構造に改められた(最終製造車は当初から片運転台で登場)。また、このときにスライダーポールという金属棒による集電からパンタグラフによる集電方法に改められた。さらに、1989年からは冷房化も実施された。
そして1997年10月に、京津線の京津三条〜御陵間が廃止となり、新たに開業した京都市営地下鉄東西線へ直通するようになると、800系に置き換えられ、80形は引退。現在、特定非営利活動法人 京津文化フォーラム82が中心となり82号車を錦織車庫にて保存している。ちなみに、京津文化フォーラム82は、京阪電車大津線 公式webサイトkeihan-o2.comを京阪電鉄大津鉄道事業部と共同で運営するなど、大津線活性化に取組んでいるのが特徴で、車両保存にとどまらない活動を展開しているのが非常に注目される。