第29話:町役場捜索
町役場。仮にもこの町で一番大きな建物だ。人口5000人に満たないこの町に地上4階、地下1階もある役場が必要なのかは疑問が残るところだが…。そんな普段は無用の長物にしか見えない建築物も、夜の闇に溶け込めば威圧感がある。さて、どこから忍び込んだものか…。
正面玄関。当然のように鍵が閉まっている。
裏口。ここもダメ。
ぐるりと一周してみたが、どこからも入れそうに無い。窓もしっかりと施錠されている。
入れる場所がないなら作ればいい。幸いにしてこの緊急事態だ。どこのガラスを叩き割ろうと、誰にも文句は言われないだろう。正面玄関のガラスを拳銃のグリップの底で殴りつける。金槌で叩くのと似たようなものだから、普通のガラスならすぐ割れそうなものだが…、割れない。表面に小さく傷が付くだけだ。こうなると弾丸を発射して割るにしても跳弾が怖い。さぁて、どうしてものかなぁ…、と思案に暮れていると
「そのガラス、割れないぜ。」
突然、背後から何者かの声が浴びせられた。
その声には聞き覚えがある。さっきからよく、行方不明になる男の声だ。手塚はその声に少なからず動揺したが、無意味に平静を装い、振り向かずに応える。
「無事だったのなら早急な連絡が欲しかったね。」
「俺もそうしたかったが、方法が無かった。妨害電波で携帯電話も使えんしな。」
…そういえばそうだった。そんなことも忘れるなんて、動揺を隠しきれていないらしい。
「まぁ、無事でなによりだ。怪我は無いか、皆川?」
手塚は始めて振り返り、その姿を確認した。皆川に目立った外傷は無い。顔色も良さそうなので安心した。
「でも、どうしてお前、突然病院からいなくなったんだ?ずいぶん探したんだぞ。」
「ああ、悪い悪い。実はお前と別れた後、ハンター・Iに襲われてな…。押さえられると思ったんだが、ちょうどライフルが弾切れを起こして…。窓から逃げちまった。それで家まで弾を補充しに帰ったんだが…、いろいろあって戻れなかった。悪かったよ。」
ハンター・I、あのイモリのバケモノか…。
それなら仕方ないかもしれない。手塚は何が『いろいろ』あったのか少し気になるような気もしたが、あえて詮索しなかった。
「…で、このガラスが割れないって?」
「ああ、なんか、去年か一昨年か、珍しく地方交付税交付金が余ったらしくてな。何とか使い果たさなきゃいけないってんで、病院とここのガラスをみんな特殊防災ガラスに変えたらしい。一応『最新式』らしいぞ。」
…無駄なことをする。どうせ、土建屋関係や、町政執行部なんかに汚い金が流れたんだろう。それに、絶対割れないんだったら、逆に有事の際は都合が悪いんじゃないのか?現に今、都合が悪い状況になっているじゃないか…。
「はぁ…、困ったね。どうしよっか?ピッキングでもする?俺、中国人じゃないからそんなことできないよ?」
もちろん、全ての中国人がそんなことができるわけでは無い。できるのは中国人で無くとも一部の犯罪者とカギ屋、そしてごく少数のマニアくらいのものだろう。そして手塚も皆川もそのどれでもない。
「大丈夫、開けれるさ。」
だが、皆川はあっさりと言ってのけた。
「じゃーん!ここに取り出したるは…。」
一本のカギ。皆川はそれを見せびらかすように、指でくるくると回す。そして、玄関の鍵穴に挿し込み、くるりと一回転。カチッ、という音の後、軽く扉を押すと…、開いた。
「…なんでそんなもん持ってんだよ?」
あれだけ苦労して思案したのに開かなかった扉。それをあっさり開けてしまった皆川に少し嫉妬。ちょっと不愉快だ。
「親父の仕事の関係でな。偶然、家にあったんだ。」
「はぁ…、なるほど、ね。お互い、親父には助けられるな。たまには感謝しないといけないね。」
「普段はどうしようもないオヤジだけど…。まぁ、たまには、な…。」
二人で真っ暗な役場内部へと入っていく。足音が妙に響いて落ち着かない。…いや、それだけでは無い。何か、それ以外の不安要素、何者かの気配、悪意、息吹…、何かいる!
それが確信に変わった瞬間、窓口とその奥のオフィススペースを隔てているガラスが、鋭い音と共に左右で同時に割れた。暗闇よりも黒くうごめく影…、ハンター・Iだ!それを確認する前に背中合わせになって武器を構える。飛び掛られる前に仕留めないと後が怖い!
手塚のジャイロジェットが火を噴く。炸薬を詰め込んだ弾丸がハンター・Iの顔面に向かう。着弾から炸裂までの刹那のタイムラグ。そして、爆発音と肉が飛び散る音。断末魔の叫び声を上げる間すら無く、ハンター・Iは絶命した。
すぐ真後ろで皆川のライフルの発射音。直後に短い奇声。おそらくもう1匹のハンター・Iには止めは刺せていないだろう。そしてライフルは連射が利かない。援護しなければ!手塚はジャイロジェットを持っていない左手でもう一つの拳銃、ニューナンブを握り皆川の肩ごしに3発。さらに、ライフルの発射音がもう一回。そして、長い叫び声。
今度は殺ったかな…。
「ってぇ〜な、畜生!耳元で発砲するなよ!鼓膜が破れたらどうするんだ!」
「あ…、悪い。ちょうど最短距離だったから…。」
思わぬ叱責を受けてしまったが、2匹のハンター・Iは、もう動かない。さすがにもう大丈夫だろう。さて、任務遂行と行こうか…。
「ところで、手塚サン?」
「はい、何でしょう皆川サン?」
どこか馬鹿にされているような口調…。何か可笑しい事でもしたかな、と思いつつ、同じような口調を返す。
「アンタ、何のためにここを探るの?」
何をいまさら、そんなわかりきったことを…。
「だからね、僕の友人3人がここに来てるはずなんだよ。そいつらを探しに来てるんだけど、何か問題でもある?」
当たり前のことを聞かれると馬鹿にされているような気がして、口調がきつくなってしまう。
「ここに来てる?ついさっきまで、カギが閉まってたのに?」
「……あ。」
そう言われれば確かにそうだ。役場に向かったという川田からの情報だけが頭にあって、そんなことは全く考えていなかった。こんな簡単なことにも気付かないなんて、馬鹿にされて当然だ。
「い、いや、その…。そうだ!ここに入った後にカギが閉まったのかもしれないじゃないか!どこかに閉じ込められてたり、とか…。」
あわてて弁明してみたが、意外とその可能性も捨てきれないと思う。事実、病院でもあの4人は閉じ込められていたようなものだ。
「閉じ込められた?何のために?口封じならその場で殺っちゃってもいいよな?」
妙に揚げ足を取るな…。確かに一理あるから下手に文句も言えないが…。
それでもこちらにも言い分はある。
「正直言って…、実際、どっちでもいいのかも知れないな。あいつらが生きてても死んでても。でも、何もせずに見捨てるられるほど僕は冷静じゃないし、ただ待っていられるほど楽観的じゃない。結局、できることって言えば『ここに向かった』っていう唯一の手ががりを探るだけじゃないか。」
言葉に出してみると、自分の心が浮き彫りになった気がする。
「それに、どっちにしても屋上の妨害電波発生器は止めなきゃいけないんだ。その過程で彼らを探したって、無駄にはならないだろう?」
皆川もやっと納得したようだった。
ハンター・Iがガラスに開けた穴の横のドアをくぐって、相変わらず真っ暗なオフィススペースに入る。まだ、他の敵が残っているかもしれないので慎重に。
「…今度は俺が逆に聞くけどさ。」
一応の安全が確認できたところで手塚が口を開く。
「お前は何で、俺なんかに付き合ってるんだ?別に無理して、命を危険にさらすことは無いんだぞ。俺の家には、さっき助けた仲間や俺の親父もいる。そっちの方がまだ安全だと思うが…。」
皆川がスイッチを見つけ電気をつける。
「何で、って言われても困る。敢えて言うなら、他にやることが無いから、かな。それに、俺の車の仇も討ちたいし、第一、お前一人に任せておけるわけ無いだろ?放っておいて死なれたんじゃあ、誰が死んだとしても目覚めが悪い。」
他にやることが無い…、そんな理由で自分の命が賭けれるものだろうか、とも思ったがよく考えれば自分のやっていることも似たようなものだ。人が動く理由なんてそんなものかもしれない。
「じゃあ、お互いに言いたいこと言って、スッキリしたとこで役割分担決めましょうか。」
話し合いの結果、1階の大フロアを二人で調べた後、手塚が2階から上へ向かい、皆川は地下を回ってから、手塚を追うことになった。手塚は二人で行動することを主張したのだが、皆川が一人ずつの行動にこだわったのだ。その理由は
「何かあって、一度に二人ともやられたら取り返しがつかない。」
ということだそうだ。一人ずつやられても洒落にならないけど…。
話し合いが一段落ついたところで、あらためて大フロアを見渡す。ハンター・Iが暴れ回っていたのだろうか、机は倒され、書類は散乱し、爪痕がいたるところに刻まれている。それでも一番奥の一回り大きな机、おそらくこの部屋で一番の上役が座るであろうそれは綺麗なままで、机上のパソコンは知らぬ間に起動していた。画面上で目立つのは4桁の数字。
「4652?なんだ、これ?」
「たぶん鹿野町の人口だろう。毎日更新されてるそうだ。最近では、過疎化が進行してカウントダウンと変わらんがね。」
「悪趣味なことするなぁ。」
もっとも今ではさらに減少し、ゼロに限りなく近づいているだろうが…。
それ以外では特に目立つところはなく、もちろん、机の下に誰か縛られていた、なんてこともなかった。
「じゃあ、そろそろ二手に分かれますか。」
階段の踊り場。切れかけた蛍光灯が激しく明滅し、蛾は意味のない本能を儚い光に向ける。
「おう、死ぬなよ。」
「それはお互い様。」
早めの再会を信じ、そして祈って拳を合わせる。
手塚は2階へ、皆川は地下へ進んだ。これが今生の別れにならなければいいが…。