第40話:アンブレラ!!
「手塚さん…、ここ、何処だか判ります?」
手塚と樋口は同学年だが、なぜか樋口は敬語を使うことが多い。最初のころは困惑したものだ。
「ここは…。」
普段と様子が違うが、確かに見覚えがある。消防車や救急車は出払っているし、シャッターも閉まっているが、ここは間違いなく、消防署の駐車場だ。まさかあの地下空間がここにつながっているとは…。しかし、それならば話は早い。さっさと電波塔の機能を停止させるだけだ。
だが、どうやって?車庫から本館へのドアもしっかり施錠されているし、電波塔を処理する具体的な方法もわからない。こうしている間にも、肉の塊となった『G』は地下へ通じる穴からとめどなく溢れ出している。
「チッ、ここまできて…!」
物事には大抵、最後に落とし穴が潜んでいる。今回もそのパターンか、と思ったそのときスピーカーから声が聞こえてきた。
「…塚、手塚…。聞こえるか…・」
声自体が途切れ途切れの上、雑音が著しいが、これは紛れもなく皆川の声だ。
「…まだ、生きていたら聞いてくれ…。どうやら俺も…、町長と同じ、捨て駒だったらしい…。さっきから救援を呼んでいるのに…、応答がないんだ…。」
彼はまだ生きている。出来ることなら今すぐにでも駆けつけたい。しかし、溢れ出す肉塊に阻まれ、それも叶わない。
「だから…、俺もアンブレラを裏切ることにした…。今から3分後…、俺は『G』と自爆する…!」
…突然何を言い出すんだ、この男は!
「もう…、起爆スイッチは押したんだ…。時間が来れば、消防署と…、その地下は大爆発を起こす…。手塚…、まだ生きていれば…、何とかお前だけでも生き残れ…。起爆装置と連動して、鍵は全て開いているはずだ…。逃げて…、生き延びて…、そして出来れば、アンブレラを潰してくれ…!」
その言葉通り、次の瞬間、あんなに押しても引いても固くその口を閉ざしていたドアはあっさりと開いた。彼の遺志を無駄には出来ない。車庫を抜けドアの向こうの署員の詰所になだれ込もうとする手塚と樋口。だが、実際には入れたのは一人だけだった。
一瞬遅れた手塚の足に触手が絡みつく。触手は手塚をも自らの一部にしようと、強い力で彼の体を引きずる。また別の触手はドアを押さえつけ、鍵よりもよほど強い拘束を施す。
「手塚さん!手塚さん!!」
ドアを叩く音と自分を呼ぶ樋口の声が聞こえる。
「先に行ってろ!どうせコイツを倒さないと、そっちに行くのは無理だ!」
何とか足に絡みついた1本は切り裂いたものの、二陣、三陣が控えている。勝っても負けても、これが最後の闘いになるだろう…。そんな予感がしていた。改めて自らの敵を見直す。無秩序な肉の塊の表面には、かつてヒトであったものの一部がわずかに原形を留めていたり、明らかに無機物であるものが浮き出ていたりと、まるで節操のない捕食活動が見て取れる。それらを積み上げた高さは2メートルを楽に超え、質量をsに直せば5桁は下らないだろう。しかし、何より目を引いたのはその頂点にあるものだった。そこには白磁の彫像を思わせる、白い人型のものがあった。
彼は手塚を静かに見下ろし、その姿はまるで、何も知らぬ無垢な少年のようにも、混沌の魔界に君臨する帝王のようにも見えた。そして、何より美しかった。そうしている間にも『G』は周りの物質を取り込み、瞬時に消化して自らの肉体の一部としてゆく。肉体全てが消化器官であり、吸収器官であり、代謝器官であり、排泄器官なのだ。
ある程度進化した生物は高度に分化した消化管を持つ。その必要性を裏付ける理由はいくつかあるが、その一つに「自らを消化しないため」というものがある。消化酵素が体内に無秩序に存在していては、自らの肉体をも消化してしまう恐れがあるのだ。
だが、今の『G』にそのような器官は無い。恐ろしく効率の悪いエネルギー代謝を繰り返しているだけだ。恐らく『G』はこのまま放って置いても数時間後、いや、数十分後にはその生命を維持できなくなるだろう。その根拠として既に肉塊の一部では壊死が始まっている。だが、悠長にそれを待つことは当然出来ない。放っておいて死ぬのは自分も同じだ。
相手の分析が終われば、今度は自分の状態を確認する。残った弾丸は警察用ニューナンブの中に5発、ショットガンの弾倉に7発、ジャイロジェットカスタムのマガジンに6発。それぞれ最大装填数が銃の中に入っているだけで予備は無い。メスに至っては、さっき触手を切ったときに刃が折れて使い物にならなくなってしまった。そして、自分の身体。正直言って、立っているだけでも奇跡的だ。どちらにしろ長期戦は出来ない。勝負は…、一気に決める!
先の尖った触手が手塚を突き刺そうと伸びてくる。彼はそれを交わしつつ、『G』の正面に回りこむ。ショットガンの銃口を例の白い人型の物体に向けると、肉塊は焦ったようにその形状を変え、その人型の前に壁を造った。…間違いない。この白い人型の物体は、『G』の核(コア)であり、そして唯一無二の弱点だ。ならば是が非でも、その姿をもう一度、現してもらおう。
「うおおおおおおおぉぉぉ!!」
ショットガンを間髪入れず7連射。1発毎に肉がえぐれ、その破片が顔に跳ね返ってくる。全て撃ち終わって、肉の壁の中心に巨大な窪みは生じたものの、『G』の核はまだ見えない。
「『G』!いや、アンブレラ!!」
もはや用無しになったショットガンを向かってくる触手に向かって投げつける。
「それが貴様の!進化の答えならば!」
両手に拳銃を構え、窪みの中心に狙いを定める。
「俺は命を賭けて!お前を否定する!!」
これで届かなければ後は無い。計11発の弾丸が、『G』本体への道を少しずつ開けていく。触手は鞭となり槍となり、手塚の身体を切り裂き、そして突き刺す。それでも手塚は引き金を引き続ける。もう計算も戦術もあったものでは無い。どちらが先に力尽きるのか、ただそれだけだ。