クラス458「ジューニパー」
British Rail Class 458 'Juniper'
クラス460から改造されたクラス485/5。ロンドン南西の近郊区間内の列車を担当する。改造時に運転台が取り換えられ印象が以前と変わった。サウス・ウェスト・トレインズ(SWT)の近郊塗装が施されている。
(撮影:クラッパム・ジャンクション駅、Clapham Junction Station)
●基本データ
デビュー年 | クラス458/0: 2000年 クラス458/5: 2014年 |
最高速度 | クラス458/0: 160km/h クラス458/5: 120km/h |
製造会社 | クラス458/0製造: アルストム(Alstom) クラス458/5改造工事: ワブテック・レール(Wabtec Rail)、ブラッシュ・トラクション(Brush Traction) |
運行会社 | サウス・ウェスト・トレインズ(South West Trains, SWT) |
運行区間 | ロンドン南西近郊路線 ●ロンドン・ウォータールー〜ウィンザー・アンド・イートン・リバーサイド ●ロンドン・ウォータールー〜ステインズ〜ウェイブリッジ ●ロンドン・ウォータールー〜バーンズ〜ハウンスロー〜バーンズ〜ロンドン・ウォータールー(時計回り、反時計回り) |
編成詳細 |
458/0 4連x30本製造(458/5に改造され現存せず) |
●二車種を統合して出来上がった混ぜこぜ電車
様々な課題を抱えて登場した問題車
英国鉄民営化後の1990年代後半になってもイングランド南部の第三軌条路線網では旧型多扉式電車が運用に入っていた。これらの置き換え用に当時ロンドン南西とイングランド南西のフランチャイズを運行していたサウス・ウェスト・トレインズが新型車両をアルストムから発注。4連x30本のクラス458が製造され、2000年に運行開始。これが車両近代化の第一歩のはずだったが実際に導入してみるとクラス458は様々な問題を抱えた車両で安定した運用につけるまでは困難を極めた。
一つ目の問題は同系列の導入が非常に遅かったこと。これは線路管理会社のレールトラックが新車運行の承認過程が複雑だったことが原因でこれはクラス458のみならず同時期に導入予定の新車にも影響を及ぼしていた。第一編成の納入が1998年10月でデビューは2000年2月。30編成という比較的小規模な発注にもかかわらず最後の編成が営業運転を開始したのは2003年5月であった。しかしこれはまだ序の口。
二つ目は粗悪な製造過程が引き起こした車両故障。イギリス国内にあるアルストムのウォッシュウッド・ヒース工場で製造されたが当時車両の発注不足で同工場はかなりの財政難に陥っていた。この影響もあってか落成した車両の品質管理が低下しており、運用開始直後から故障が頻発。車両運行プログラムが設計ミスにより列車加速時の電圧低下の影響で正常に作動しなくなることが発覚。更には空調設備、乗り心地、連結器など該当箇所を挙げるときりがないが、特に問題だったのが車両前面の貫通扉。発注時に仕様が正しく伝えられなかったか定かではないが、SWTは頻繁に分割併合を行う運用を想定していたものの、実際に編成間の貫通扉と連結システムには半永久的なものが装備された。増解結を行うのに30分もかかり、分割・併合を確認した後車上コンピューター・システムを再起動せねばならず導入当初は幌の使用は禁止された。貫通扉の設計の不備により運転室内の雨漏りも起こり、運転台機器に影響を及ぼすこともあった。
三つ目の問題は同系列は当時の交通バリアフリー法から特例を受けていたこと。同系列は新しく制定されようとしていた障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act 2005、DDA)の一部であった列車バリアフリー法(Railway Vehicle Accessibility Regulations、以下RVARと略)と同時期に開発が進められた。本来新車はこの法に沿った基準で製造されなければいけなかったが、リース契約終了時の2006年2月までクラス458はRVARの適用が免除された(後に2006年7月まで延長)。しかしこれはそれ以降の使用にはRVAR対応改造工事を実施する必要があることを意味し、後々運用のネックとなった。
愛想を尽かしたSWT
満を持して新型車を導入したものの、上記の車両故障や導入の遅れでまともな編成数が運用に入ったのは2002年以降。度重なる改修工事で2004年には信頼性がやや安定してきたものの時はすでに遅し。SWTはクラス458とアルストムにすでに見切りを付けていて、旧型車両の大量置き換え用にシーメンス製のクラス450と444を2001年に発注していた。
2005年12月のダイヤ改正から同系列のほとんどの運用がクラス450に置き換えられたがまだ全編成が配備されておらず、クラス458は細々と少数の平日ダイヤの列車を担当していた。SWTは同系列のRVAR対応免除を2007年7月まで延長しようと試みたが申請は却下され、いよいよ2006年6月からクラス458を完全に運用から外し、保有会社であるポーターブルックに返却するとSWTが公表。車両基地で長期保管され、借り手がつくまではしらばく運用を見ないかと思われた。
RVAR対応工事の実施、通常運用への回帰
クラス458は2006年末に転機を迎え、SWTがより好条件でリース契約を更新したことから始まった。RVAR対応の車内案内表示装置が新設された第一編成が2006年7月に出場し、他の編成も順次工事が行われ2007年7月には全編成が通常運用へ回帰。しかし同系列は未だRVARに完全に適合しておらず、2010年12月まで特別免除期間が延長された。2008年から2010年の間にクラス458は小規模の改造工事をボーンマス車両基地で受けた。登場から10年近く経った車内のリニューアルとRVAR完全適合用の工事が主な目的。この頃になると信頼性はデビュー時と比べて著しく伸び、国内の車両でも上位を争うものとなっていた。
クラス458/5への改造
年々利用客が増加するロンドン南西近郊ネットワークの輸送力増強の一環としてクラス458を4連から5連へ増車する計画が発表された。しかしこれは単に増備車を新造するものではなく、同じジューニパー・シリーズのクラス460と458を一形式に統合するというものだった。
2012年当時クラス442に置き換えられ、ガトウィック空港アクセス特急運用を外れたクラス460が8連x8本(64両)が静態保管されていた。これらのうち6本(48両)を5連x6本(30両)に再編。余った18両と残りの8連x2本(16両)の中間車12両、合計30両を既存のクラス458に組み込み5連に増車。余剰となった制御車4両は予備用として保管される計画となった。これら5両編成は既存の運転台を新造したものに交換される予定だった。
2012年末から改造工事は始まり、中間車はワブテック・レール社、制御車はブラッシュ・トラクション社が手掛けた。当初は2013年5月に初編成が落成する予定だったが工事が難航し、納入は同年10月までずれ込んだ。5連の改造編成はクラス458/5と称され未改造編成は458/0と改名。2014年3月から運用が開始され、ロンドン・ウォータールー〜ウィンザー・アンド・イートン・リバーサイド間の快速列車に充当された。2016年1月現在改造工事はほとんど完了しており、4編成が近日出場予定だ。
クラス458/5の仕様
クラス458/0は2M2Tだったが、挿入されたクラス460はM車で458/5は3M2TでM車比が増加。クラス460の改造編成も同じく3M2Tで統一されている。製造当初の設計最高速度が160km/hだったが運行路線の速度制限の影響でこれを出すことはなく、モーター機器の過熱防止のために改造後は120km/hに抑えれた。改造前の普通席は着席数を増やすために3+2列配置だったが現在は立ち席重視の2+2列配置に更新。運転台も新造したものに交換され、導入時に問題となっていた貫通扉と幌はクラス450や444が使用しているデジロ・タイプを採用。これにより分割併合の時間短縮や信頼性の向上のみならずクラス450、444と連結・牽引できるため故障時での柔軟性が高くなった。
前述のようにクラス458/5にはクラス458/0に一両挿入した改造編成とクラス460をベースにしたものが存在する。できるだけ統一化が図られたが、幾つか異なる部分がある。一つは窓の形状で、クラス460由来の編成と車両は連続窓を採用しており、458/0由来の個別窓を使用した車両との違いは一目瞭然。更なる外見上の違いではクラス458/0は架線式電化区間での運用を考慮して中間車一両の屋根にパンタグラフ設置用スペースが設けられているが、クラス460にはそれがなくそれをベースにした改造編成にもない。
(解説・撮影:秩父路号、2016年1月更新)
●ギャラリー
元クラス460の車両は連続窓(手前)だが、元クラス458/0は窓枠付きの個別窓(奥)となっている。
(撮影:クラッパム・ジャンクション駅、Clapham Junction Station)
写真は元クラス458/0にクラス460を一両組み込んだ458/5。挿入された車両は窓の形が異なるのですぐ判別がつく。
(撮影:クラッパム・ジャンクション駅、Clapham Junction Station)
クラス458/5の普通車。2+2席配列で立ち席を増やし手すりも増設された。
クラス458/5の旧一等席。現在は普通席として開放されている。
4連のクラス458/0。現在は全編成がクラス458/5に改造済で現存しない。SWTのエクスプレス塗装をまとっている。
(撮影:クラッパム・ジャンクション駅、Clapham Junction Station)
クラス458/0の車内(以下写真も同様)。先頭車の運転席寄りに設置されていた2+2列配置の一等席。
普通車は着席重視のため3+2列配置。
列車バリアフリー法適合工事の一環で新設された車イス用スペース。 |
同じくバリアフリー法適合工事の時に新設された車イス対応トイレ。 |
一般用トイレ周辺は2+2列配置。 |
クラス458/0の併結時には貫通扉が開き幌で繋がれるが一般の乗客は使用できず、通り抜けできるのは車掌のみだった。運用中の分割併合はされず、基本的に車両基地で行われていた。 |
モヴェンバー(Movember、11月に口ひげを生やしお金を集めて寄付する恒例行事)を記念して車両前面に口ひげのステッカーを貼ったクラス458/0。
(撮影:ロンドン・ウォータールー駅、London Waterloo Station)
●参考文献・ウェブページ
・「Traction Recognition, Third Edition」 (Ian Allan Publishing) ISBN 978-0-7110-3792-2・Southern Electric Group: 458 Fall and Rise, Introduction
・Southern Electric Group: Class 458/5 Early Days
・Rail Engineer: Transforming 460s